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zoom RSS 「ドラゴン桜」は参考書として読め! (その1)

<<   作成日時 : 2009/04/11 00:03   >>

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2003年からモーニングで連載された受験マンガ「ドラゴン桜」。偏差値30台の高校三年生2人を、1年で東大に合格させようという、何ともロマンに満ちあふれたストーリーである。そう、ロマンなのだ。教師ならば、ロマンを感じずにはいられないと思う。特に塾講師ならば。受験ロマンストーリーとでも言えばいいか。
作中で高原が「彼のやろうとしていることは学校の予備校化だ」と言っているが、大当たりである。学校教師と塾教師は職業的に質が異なる。だから言うことが違う。学校教師は、生徒の進路を確保することを重点に置く。だから、「どこの高校なら入れそうか」という観点でしゃべる。その際の言い方は教師の能力や性格で変わるが、基本的には「その高校はお前には無理だからこっちの高校にしておけ」と言う。一方、塾教師がそんなことを言っていたのでは商売あがったりだ。塾教師は、どうすれば生徒を志望校に合格させられるかということを重点に置く。ちなみに、どちらが正しいとか間違っているとか、そういう話ではない。学校教師と塾教師の職業的な差異というだけ。後は物の言い方の問題になってくる。
さて、弁護士の桜木は水野と矢島を東大に合格させようとする。最初は殆どの人間が不可能と思っていたが、次第に2人の学力は上昇していく。結果は読めばわかるが、僅か1年で恐るべき成果を出している。しかし、このマンガのようなことを実践すれば誰でも東大に合格するかと言えば、そんなことはない。今の日本の教育事情に多少詳しければ、いかにご都合主義が蔓延しているかがわかる。しかし、だからといってそれが悪いわけではない。これはマンガであり、ご都合主義は有って当然。だから、「参考書として読め」と言いたいのである。作者もそれを充分にわかっているからこそ、オビのアオリに「参考書コーナーに置いて下さい」と書いてあるのだ。決して「教本」ではなく「参考書」。柳先生が言っている通り、「参考にする」書物なのである。
それでは具体的に中身を見ていこう。



<1>水野と矢島の異常なまでの知能の高さ

東大に挑戦する2人は水野直美(みずの・なおみ)と矢島勇介(やじま・ゆうすけ)である。開始時の2人の学力は偏差値に換算して30〜40である。これをもって、「バカ」「頭が悪い」などと判断されているが、本当にそうだろうか。
私の経験上、学力と知能は完全には比例しない。ある程度は比例するだろうが、例外は多数ある。私の中学の同級生に、成績のかなり良い女子がいた。5教科の合計点数がおそらく450以上、時には470くらいはいっているような生徒だった。これは学力が高いと言える。しかし、彼女は弁論大会の時にその知能の低さを露呈した。どうしてこの程度の内容で決勝まで残れたのか不思議なくらい、お粗末な物だった。まるで内容が無い。そのときに、「ああ、勉強は出来ても頭の悪い人間って本当にいるんだなあ・・」と思ったものだ。また、別の生徒で理科がよくできる男子がいた。彼の理科の点数は90台の後半。同じテストで私は80台だった。しかし、彼は私と同じ高校を受験して落ちている。
さて、この2人に共通するものは何か。それは、人権意識の低さだ。特に前者は劣悪な思考を持っていた。作中で桜木は「どの分野でもトップクラスの人間は高潔な人格を持っている」と主張しているが、それはかなりな程度正しい。逆に言えば、人格が劣悪な人間は大概知能が低いということである。これは例外が極端に少ない。
桜木の主張もある程度例外を含む。例えば、今の日本の政治のトップを見ればわかるだろう。しかし、桜木の主張したいのはそういうことではなく、それは作中で解説されている。そもそも、生徒を志望校に受からせるには、多少のハッタリは許容範囲。正確なことを言っても生徒のやる気を削いでしまえば教育は成り立たない。まずは志望校に合格させることが大事なのだ。
話がそれたが、逆の例もある。かつて私が受け持っていた生徒で、学力が低い男子がいる。しかし、彼は知能は高い。周囲の大人からは厄介な人間だと思われているようで、私の所に回ってきたようだ。最初は私も散々手こずった。もう担当を辞めようかと思ったこともあった。しかし、粘り強く会話を続けているうちに、彼の知能の高さがわかってきたのである。はっきり言って、気を抜けばやられる。もちろんこっちが会話を成立させようとしているからであるが、気の抜けない相手には違いない。小学生の時にクズ教師に真っ向から反逆した人間だ。理不尽に立ち向かう力は相当のものだ。今でこそ警官とケンカできる私だが、小中学生の頃を思い返せば、彼の100分の1の勇気も無い。もっとも、残念ながら彼は無神経で独りよがりである。天は二物を与えず。しかし、それも徐々に改善していっている。私が粘り強く対応したことが要因の一つであれば、ものすごく嬉しい。
水野と矢島の話に戻る。桜木は体育館に生徒を集めて説教を始める(1巻)が、それに対する生徒の反応が笑える。はっきり言って、知能の低い生徒はバカと言われても反応しない。慣れきっているからだ。というか、話を聞けない。本当に“バカ”ならば、桜木が何をしゃべっているのかもわからない。後の計算テストでもわかるが、龍山高校の生徒は「学力は低いが知能は高い」タイプが多いようなのだ。バカと言われて噛みつけるだけマシ。今の日本の教育の実態を知る人間からしたら、羨ましい限りである。
水野の行動は更に笑える。ぎゃあぎゃあ騒ぐ生徒をたしなめるって・・お前はどこの学級委員長か。どんな勇気だ。実際にあの局面であのようなことが言えるのは、相当知能が高い。そして矢島の行動となると、もはや爆笑である。熱血少年マンガの主人公か、お前は。
とかく、本当に“バカ”な生徒は無気力で虚ろな目をしている。四六時中ぼけーっとしている。間違ってもぎゃあぎゃあ騒いだり、はきはきとしゃべったり、ましてわけのわからんオッサンに食ってかかったりはしない。
水野と矢島の知能の高さを示すものはこれだけではない。例えばマンガを読むシーン(1巻)。頭が悪いとマンガを読むのは苦痛。内容が入ってこない。他にも、国語で小論文に挑戦する話(5巻)。水野の文章を読んで思った。これが高校生の書く文章か? もちろんこの程度の文章が書ける高校生はざらにいる。しかし、水野は学力の低いという設定である。学力が低いにもかかわらず、このような文章が書けるということは、相当知能が高いのである。同じようなことを書いているという矢島も同程度に知能が高い。芥山や桜木は内容方面の拙さばかりを手厳しく批判しているが、文章力の高さには一言も触れていない。どうやら、2人の知能が異常なほどに高いのは、もはや前提となっているようだ。もちろん、そうでなくては東大には受からない。学力が低いのは何とかなるが、知能が低いのは長い時間を掛けて対処しなければならない。
冒頭のシーンで、桜木は水野を見て「頭カラッポ」と馬鹿にしたようなセリフを吐くが、実はこれは馬鹿にしているのではなかったことがわかる。11巻で、説明会のシーンがある。そこで桜木は「頭カラッポな人間が東大に合格する」と主張している。つまり冒頭のシーンは説明会のシーンの伏線だったわけだ。ワーキングプア弁護士として苦渋辛酸をなめてきた桜木の人間観察力は相当なもので、水野と矢島の知能の高さを見抜き、東大を目指すようにし向けたのである。
ご都合主義を排すれば殆どのマンガは成り立たなくなる。このマンガのご都合主義はどこにあるか。それは、水野と矢島の知能の高さにある。他にも幾つかあるが、それはおいおい紹介していこう。何度も言うが、ご都合主義は否定しない。「参考書」なのだから、ご都合主義でよろしい。それが現実とどの程度乖離しているかを見極めて読む能力が必要なのである。
念のために付け加えるが、桜木は「受験に知能は重要ではない、必要なのは根気とテクニック」と述べている(1巻)が、これはハッタリである。水野の知能が高いことは疑いようがない。桜木がこのようなハッタリをかますのは、相手が頭カチコチの債権者たちだからである。相手を見て言葉を選んだのだ。だいたい桜木は、言葉の明確な定義をさほど重要視していない。ここで桜木の述べた「知能」は「現段階の学力」であり、「根気とテクニック」こそが私の述べる「知能」なのである。


つづく

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