佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 決闘少女ホーリーナイト   あとがき

<<   作成日時 : 2015/03/31 00:05   >>

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◆ ◆ ◆



魔法少女アニメというのは、けっこう残酷な物語だと思います。
見目麗しく心清き少女たちが、正義のヒーローとして華々しく活躍し、何というか、ちょっと努力みたいなもので壁を乗り越えてしまい、どうしようもなさそうな状況でも、願えば奇跡が起きる。
悪の組織には、醜い怪物や、社会から弾かれたような男、いかにも“オールドミス”や“行かず後家”を髣髴とさせる女など、いわゆる“負け組”的なキャラ設定が多く、努力も打ち砕かれる。
(「そういうキャラばかりではない」けれど、「そういうキャラは敵方にしかいない」という)

もちろん作品そのものを否定するくらいなら、そもそも視聴を続けていたりしませんし、そういう残酷さはファンタジックでありながら現実を色濃く反映していて、色々と深く考えさせられます。
アンチテーゼとしてのパロディを考えたりしていました。セーラームーンのパロディで、ベリルとメタリア視点の話を考えたり、とか。(横山光輝「史記」の影響が強いです)
JONさんのパロディを読んで、先を越された&敗北感を味わいましたが、プリキュアの方は執筆できました。

先を越されたと言えば、「魔法少女まどか☆マギカ」が印象深いのです。
全年齢向けの魔法少女アニメが残酷に映る私にとって、このアニメ、むしろ優しいと感じます。
世の中に溢れる理不尽が、弱者・負け組だけに集中砲火される、救いようのない世界ではない。
たとえ見目麗しかろうが、心が綺麗だろうが、等しく残酷が訪れる、“まだマシな”世界。
一部の“悪い奴”に残酷さを押し付けたりしない、まだしもフェアな世界。
作者が真剣にハッピーエンドを目指しているということが、言われなくても伝わってきます。

そんなわけで私は、キュゥべえが大好きなのですね。
キュゥべえが外道なのは認めること吝かではないですが、しかし嫌悪感が微塵も湧かない。
およそ“人間らしさ”とか“温かい心”というものが、どれだけ人を無神経に傷つけ苛み、せっせと地獄への道を敷き詰めているかを嫌というほど味わってきた私にとって、キュゥべえの冷酷さは優しさでもあるのです。
感情を疾患とまでは主張しませんが、しかし感情的な攻撃には精神を酷く消耗させられます。
そして、自分の感情が嫌な方向へ暴走してるときには、キュゥべえを想って落ち着けたこともあるんですね。


というわけで今回、決闘少女のエピソード・ゼロでした。
このシリーズ、神邪をキュゥべえに重ねていたりするわけですが、どうして魔法少女の力を持っているのかを、ようやく明かすことが出来ました。
エナジーを吸い取られて敗北する魔法少女って最高だよね!(爆
(言うまでもないですが今回、「光輪のシェキル」の影響を受けています。)

神邪が魔法少女に変身するとか、長台詞とかは、ボツ案から切り取って流用しています。
せっかく考えたからには、どこかで使わないと勿体無いからね!
(魔法少女ミッドナイトが見たかっただけという説も)


ダークな方面ばかり語っていますが、直接的な執筆動機は、むしろ「ハピネスチャージプリキュア」のラスト展開に感銘を受けたからだったりするわけですがね。
(何も私は、ひねくれることが至高と思っているわけではありません。)

魔法少女アニメだけでなく、何というか世の中、プラスの感情がマイナス感情に勝利するという展開が多くて、それはハッピーエンドなのかもしれないけど、ぐさぐさ突き刺さるのです。
そうでなく、プラスの感情よりも、マイナスの感情よりも、プラスとマイナスを合わせたものが強いのだという。
絶対値の「力の論理」が(表面も内実も)美しい、ハピネスチャージのラストは私好みなんですね。

“敵を取り込んでしまうのが最も優れた王だ”というのは、「花咲ける青少年」で倣立人がルマティに言ってたことだったと思いますが、それが子供心に印象に残っており、大人になってから更に考えることになります。
ホークさんの「魔」や、村瀬さんの信念バトルに関する考え方などに影響を受けながら、今ここにいます。
マイナス感情を自分を磨く武器にしてしまいたいし、悪側の信念も魅力的に描きたいという思いがあるのです。

ホーリーナイトは、清く正しく美しく、愛と優しさに満ちた、正義の魔法少女です。
しかし神邪が、そうしたプラスの感情を持ってないかというと、決してそうではない。
むしろ迫害されてきたがゆえに、善意しか知らない人間よりも、感情の絶対量は大きいかもしれません。
マイナス方面に歪んだ外道でありながら、プラスの方面も否定せず、むしろ好む。それが神邪です。

愛情や勇気などを幻想だと切り捨てる者が、片手落ちで脆弱であるのと同じく、怒りや憎悪を間違っていると切り捨てる者も、やはり脆弱なのです。



以前の予定では、全13話構成で決闘魔法少女シリーズを書くはずでしたが、色々あって書けなくなりました。
カンサー編に集中したいというのもありますし、期待していた方には申し訳ないですが、あしからず・・・。
とはいえ、それだけでは無責任ですし、私にも勿体無い気持ちがあるので、近いうちに設定や粗筋など、少しばかり掲載しようかとも思っています。




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
コング「魔法少女アニメは残酷? 確かにアイは憎き敵に串刺しにされてしまった」
ゴリーレッド「アイから一旦離れよう」
賢吾「見目麗しく心清き少女か」
コング「思わず犯したくなる描写だ」
ゴリーレッド「普通の人はそうは思わない」
賢吾「敵には醜い怪物。敵が醜いほうが萌えるのがヒロピンファンの佐賀や」
コング「♪そのとーり! 醜い怪物に清らかヒロインが犯される図式が興奮を誘うのです!」
賢吾「意地悪女が美少女を拷問する時、容赦せん。自分より若くてかわいいとメチャクチャにしたくなるのが人情ゆうもんや」
コング「ところでキュウべえって何だ?」
ゴリーレッド「地球外生命体だ」
賢吾「これがQBの画像か」
コング「ネコのような、ポケモンのような」
賢吾「ネット流行語大賞銅賞を取ったほどの有名人か」
ゴリーレッド「物語に厚みを持たせるのは、悪や敵の描き方が重要だと思う」
コング「ハカイダーやバルタン星人は好きだ」
賢吾「人生も完全無欠の正義の心が果たして実戦に役立つか。ダークな面。いわゆる悪の目線を持った正義の味方が本当に庶民を救う思う」
コング「僕のことか?」
ゴリーレッド「頭打ったか?」
コング「誰がミクラスや」
賢吾「人間の心の中に善悪両面ある。とゆうことは、完全無欠の正義のヒロインと完全無欠な悪党という図式はリアリティに欠けるか」
コング「悪党の中に善の部分が見えるのは面白い」
賢吾「正義のヒロインが悪党に圧倒的な力で組み伏せられ、努力だけやなく誇りも何もかも全部奪われて丸裸にされるシーンは、官能だけでなく一種の感動なんか」
コング「丸裸というのは比喩か?」
賢吾「両方や」
ゴリーレッド「このテーマは難しくて尽きないな」
コング「突く突くう」
コング
2015/03/31 23:24
>コングさん
マンガやアニメに対して、現実的でないという批判があったりしますが、むしろ現実的だと感じるのは私だけではないはず。現実そのままでなくても、現実を反映していると思います。可愛らしい少女が人気を博すのは、まさしく現実的ですね。

佐久間「キュゥべえ、ゲットだぜ!」
山田「おいやめろ。」
八武「けいやくポケモン。悪徳セールスに要注意。」
維澄「可愛い見た目で邪悪というのも良いものだね。」
佐久間「同意するけど、私を見ながら言うのは何故だ?」
維澄「まあ、キュゥべえが邪悪かどうかは意見が分かれるけど。」
佐久間「“邪悪とは無垢な優しさである”。うーむ、名言だ。」
山田「確かに無垢と言えば無垢かもしれないが、だからこそ恐い。」
八武「神邪くんを恐れる者も、そう考えているのかねぃ?」
佐久間「無垢なる者が残虐であるならば、それは世界が残酷ということなんだが・・・世界の残酷さから目を逸らし、個人攻撃や民族攻撃に勤しむ連中が多くて困る。」
山田「まあ、キュゥべえは攻撃されても仕方ないけどな。」
佐久間「やはり山田はロリk・・・フェミニストだ。女と子供が酷い目に遭うときだけヒューマニストになる。」
山田「待て。」
佐久間「待たない。善良な一般市民はは悪を知らないが、一流の悪党は善を知っている。」
維澄「過負荷かい?」
佐久間「カフカ改だ。」
八武「強く美しい正義のヒロインが、圧倒的な力に敗北し、『わたし、こんなに弱かったの・・・?』と気付いてしまうシーンに感動するのは私だけではあるまい!」
佐久間「全国3000万人いる。」
山田「300万人もいない。」
佐久間「いるって。」
アッキー
2015/04/01 00:56

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