佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「千里」 第二十話 しょくじんか

<<   作成日時 : 2016/05/02 01:45   >>

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1971年も後半、夏の盛りだ。
まったく暑くて仕方がない。
オレももうすぐ21か・・。まいったね。
10代の頃は20過ぎた自分なんて想像もつかなかった。今だって30過ぎた自分なんて想像もつかねえ。
子供の頃、こんな自分も20や30になれば“ちゃんとなる”と、何の根拠も無く思い込んでいた。
なってみれば、20も21もガキのままだ。30になっても大人になれる気がしねえ。
・・・そうそう、クレアの刑も今日で終わりだったっけな。半年の幽閉と、半年の最高幹部剥奪。あれからもう1年か・・。早いもんだぜ。
魔犬とかいうコードネームのエスパーが暴れまわった、大きな事件だった。あれでクレアの過去も少し知った。別に知りたいわけじゃないけどな。人の過去を無闇に詮索したくねえ。
最近クレアの雰囲気は変わった。以前よりもメリハリがついたと言えばいいか。体の凹凸を象(かたど)った黒い層が、何重にも層を成している感じかな。どことなく深い色気も出てきて・・いや、オレは別に何でもない。
最初は昆虫みたいだった無機質な目つきも、最近は黒糖で作られた飴のように見えてきた。全身から黒くて甘い気が噴出しているようだ。部屋の本棚や電灯、天井に壁、テレビ、筆記具、机から食器まで、あらゆる物体が糖気に包まれているようで、御伽噺の中にでも入ったような気分になる。いるだけでそんな空気を作り出すとは、大した女だぜ。あらためて思う。オレとクレアとの間には、どれくらいの開きがあるんだろう。
特注した黒い椅子に座って、クレアは熱いコーヒーを飲んでいる。薄紅色の唇に、悪魔のような黒い液体が注がれていく。この光景は、なかなかに悪くない。
オレ? オレはソファーで寝転んでいる。ゆったりとした気分なのに、どこか落ち着かねえんで、クレアと向かい合って座るんでなく、少し離れたソファーでごろんとやってる。気取って頭の後ろで腕を組んだりなんかしてさ。自分で気取ってるとわかってると、どうにも気恥ずかしい。
そういやクレアと出会ってから、そろそろ3年か・・。随分といろんなことがあった。こうして事務所を構えて、たまに来る客に対応して、時には組織からの依頼で大事件にも巻き込まれたりして・・。組織でも知り合いが増えて友達が出来て、オレの人生も遠くまで来たもんだ。
そんなことを考えていると、ちょっともよおしてきた。それで部屋を出たんだが、するとクレアの怒気を含んだ声が聞こえてきた。
「sakkikarahitonoshiseikatuwonozokimisite・・・uttoushiiyatudana。」
オレは思わず足を止めた。
(日本語?)
内容は把握できないが、喋っているのが日本語だというくらいはわかる。
誰と話しているんだろう。
「mienaitodemoomotteirunoka? tyorotyorougokuna、uttousfii。」
扉の隙間から覗くと、クレアは目をしばたかせていた。
「hahahahaha、goaisatudana、mirainojibunnimukatte。」
今度は笑っている。それも、どこか嘲るような感じで。
「n? masakaomae、tikadikajibungashinutodemoomotteirunoka?」
更には膝を叩いて、狂ったように笑い始めた。
「ha-hahhahha、hahhahha。mikadukisenrijuusansai! omaehajituni、ba・ka・da・yo・ne・e!」
まったく、何だこいつは。独りでゲラゲラ笑ってやがる。嘲ってるけど何だか親しみのあるような、懐かしがってるような・・。ああもう、わからん。とにかくクレアってやつは謎が多い。目が離せない。
「souittahazudazo。senrigannonouryokusyanokusenikiokuryokunowaruiyatuda・・。」
出来の悪い子供を前にしたような表情のクレアは、目を閉じてコーヒーの残りを飲み始めた。角砂糖を5つも入れてドロドロに甘いコーヒーなのに、その顔は苦々しく皺を寄せている。飲み干してからもそれは変わらず、クレアは左手で長い黒髪を掻き揚げた。ちょっとセクシーでドキドキしたが、関係ない。うん、関係ない。うん。
「・・・・sonnakotomowakaranainoka・・・・。mikadukisenrijuusansai。omaenobakasakagennihanamidagaderuyo。omaenohajihasonomamawatashinohajinandakara、mousukoshikiwotsuketekurenaikanaa。」
それにしても内容が分からないとイライラしてくる・・。言語の壁は大きいぜ。ちょっと真面目に日本語勉強しよっかな。
「aa、mou、syaberuna。mukashinojibunnantehazukashikutemiterarenai。mousyadansuruzo。」
何だかそろそろ会話が終わる雰囲気だ。
「sonnamono、jibundetashikamero。」
そう言ってクレアは、ハァと溜息をついて口をもごもごと動かした。
オレは扉を開けて中へ入った。
「今のは何だ?」
「過去の自分との交信だ。まったく、とんだ恥さらしだ、あの小娘が。」
「過去の自分と・・・?」
ああそうか。過去のクレアが未来を見聞きして、今のクレアが過去を見聞きすれば、会話も出来るわけか・・。どういう気分なんだ、それって。
「まあ私も、あの頃の自分に誇れるような生き方をしてるわけでもないけれど。」
「というか、両方自分だろ。」
「20年近くも経てば別人も同然よ。当時の私は13歳だ。今は31歳。倍以上も歳を重ねている。」
「はいはいわかったわかりました。オレはどうせ子供ですよ。」
オレはわざと拗ねたような口を利いてみた。
「そんな話してないだろ。」
クレアは妙に慌てて頬を膨らした。
そんなクレアが可愛らしい。テレパシーでオレの心を読めるはずなのに、どうやらセーブしているらしいのだ。
「レックス・・」
濡れた瞳で、上目遣いで見つめてくる。しかも両腕はオレの服にすがりついている。
あ、やば、何か理性が飛びそ・・・
しかし急にクレアの表情が悪霊のように歪んだ。
「・・仕事だ。」
「へ?」
メールの着信音が響いてきたのは、間もなくしてのことだった。
何だかイイところを邪魔されたみたいで癪に障るが、あ、いや、別にクレアと、どうこうって意味ではない。うん。
それよりも仕事だ、仕事。今回の相手は、どんなエスパーだろうな。
そう構えていると、クレアから意外な言葉が飛んできた。
「今回は私だけで行く。留守番よろしくな。」
「はあ?」
“私だけ”と言った。クレアだけだと。オレだけでなく、サムもリュウもルナも連れて行かないつもりか。
「今回の相手は危険なんだよ。」
「いつものことじゃねえか。」
そう言ってから気付いた。クレアの目は万物を吸い込む真っ黒な竅穴(きょうけつ)のように寒々しく、場の空気を圧倒し、歪めていた。その漆黒は夜の闇よりも大きく、深く、黒く、手を伸ばせば届きそうなくらいの近くから無限の彼方まで広がっている。眼前の黒球は蕩けた寒天のような液汁で濡れていて、ぷるぷると揺れている。
「・・・危険なんだよ。」
体が固まり、じわっと汗が出てきやがる。咽から胸まで痛いように息苦しくて言葉が出てこない。
だが、負けてたまるか。オレは歯を食いしばった。クレアを睨み返し、肩を掴んだ。
「だったら猶更だ。か弱い女ひとりで危険なところへ行かせられるかよ。」
掴んだ肩は、あまりにも小さく華奢で、少し力を入れただけで壊れてしまいそうだった。オレは何故か泣きそうな気分になっていた。
「お前も言うようになったな・・。」
クレアは両手でオレの右手を包み込んだ。何だ、胸が高鳴る・・。
「オレは昔からこうだ。言わずに後悔するよりも、言って後悔する。」
「ハハハ、そういう意味じゃない。そういう意味じゃ・・。」
クレアは何故か嬉しそうに頬を赤らめて頭を傾けた。
まったく、何考えてるのかサッパリわからねー。しかし何故かオレも苛立つよりも胸が熱くなって、ときめく方が大きい。・・って、ときめくって何だよ、ときめくって・・。オレは別に。
「それよりも・・それなら、どういう意味・・・いや、お前、」
「わかったよ。連れて行く。お前だけは特別だ。だが、さっきのは訂正してもらおうかな。」
クレアは右手をオレの首に回してきた。どきっとする。
「訂正・・・何を。」
「私は史上最大の予知能力者だが、お前はアンプリファイア能力者・・。戦いにおいては“か弱い”一般人に過ぎない。」
「・・・・・・。」
それでもクレアの体躯は女にしたって弱々しく、細い腕はオレの首を絞めようとしても逆に折れてしまうのではないかと思うくらいに脆そうで、冷やっこくて柔らかかった。
いや、違う、そういうことじゃなくて、柔らかいとかは置いといて、要するに、いくら千里眼の持ち主だって、やっぱり1人のか弱い人間なわけで・・・。
まあ、よく考えればクレアに限っては、そういう心配なんてしなくていいけどな。だからオレは心配してない。
大丈夫。

クレアはアルカディア本部に寄ってから、リュックを背負って出てきた。中身は水と固形食糧、タオルやハンカチ、そして、プラスチック爆弾。
「物騒なモン持ってきたな。」
「今回の相手の方が物騒よ。」
そんな会話を交わしながら、オレたちは目的地まで歩いた。
場所は森の中。魔女の棲むお菓子の家でも出てきそうな雰囲気だが、全く恐くない。魔女なら隣にいるもんな。
しかし、その魔女の体が柔らかいことをオレは知っている。違うって。何を考えてんだ、あー?
それはともかく、ともかく、森の中を進んで行くと、やたらと開けた場所に出た。上空から見たら、森の中に穴がぼっこりと空いてるように見えるだろう。さぞかし不気味だろうな。アニキが昔、ベトナムで体験したことを話してくれた。うっそうと繁るジャングルの奥で、開けた空間に出たことがあったんだと。一歩踏み入りゃ、そこは人喰いワニの棲む泥沼だった。仲間が何人も食われたってよ。
今回の相手も似たような奴だ。人喰い屋敷・・。開けた平地のド真ん中に、小奇麗な別荘があった。どこの金持ちだろうね、こんな家を建てさせたのは。それも今や魔物の住処ってか。何の童話だよ。
「さあ、乗り込むわよ、お兄様。」
「誰がヘンゼルかコラ。」
「クスクス・・。」
クレアは気味の悪い目つきで楽しそうに笑ってやがる。こいつなら半日もあれば魔女を火にくべてしまいそうだ。
「もしもし、道に迷ってしまったのですが。一晩でいいので泊めてくれませんか。」
わざとらしい猫なで声。けーっ。砂とか吐きそうだぜ。なんつーか、クレアみたいな女には、こういう媚びた声を出してほしくないっていうか、いやだから別に何も。
「はいはい。」
出てきたのは、少し陰のある30代半ばの男。エスパーだから見かけの年齢はアテにならないが・・。
何だか面白くない気分だ。何故だろう。
「どうぞどうぞ。歓迎しますよ。一晩と言わずに何日でも・・。」
「あらあら、冗談が上手いのね。」
ケッ、胸糞悪い会話だ。あちこちにゴテゴテと観葉植物が置いてあるし。数ありゃいいってもんじゃ・・。はて、何でオレは、こんなどうでもいいことでムカついているんだ?
・・・そうか、このイチイチ上流臭い、いけすかねえ雰囲気の会話のせいだ。そうに違いない。
冷静になれ。小さなことでイラつくな。足手纏いなんざゴメンだ。

部屋に荷物を置いて一息ついた。誰かが聞いてるかもしれない状況で迂闊なことを喋れるはずもなく、オレとクレアは互いに沈黙していた。
するとクレアが、いきなり服を脱ぎだした。
「ぶっ!?」
オレは思わず吹き出した。
「どうしたレックス。」
「こっちのセリフだ!」
「だって暑くないか?」
「え?」
クレアはギョッとするくらいに汗をかいていた。シャワーでも浴びた後みたいに顔から首筋、肩、黒い下着に包まれた胸のあたりから腹まで、水滴が滴っていた。胸当ては紐が片方外れて、もう少しで柔らかいのが全部見えそうに・・・ちょっと待て。何でオレは、まじまじと眺めてるんだ。変態か。誰の陰謀だ。
そんなことよりも、クレアがジーンズまで脱ごうとするものだから、オレは慌てて制止した。
「おいっ!」
「ん?」
あれ、ちょっと待てよ。この構図はヤバくないか?
密室で半裸の女の両手を掴む男・・。互いに固まって、目をぱちくりさせている。
クレアは口を結んでオレを見つめている。
「・・痛い。」
「ああ、悪りい。」
オレは慌てて手を離した。気が付けばオレも汗びっしょりだ。何でこんなに暑いんだ。夏だからか。

そこへさっきの男が訪ねてきて、食事の時間を告げた。それと着替えを用意してくれた。
「何じゃ、こりゃ?」
「・・・・・・。」
オレのはタキシード、クレアのは・・・エプロンドレス??
どういう趣味をしてるんだ、あの男わ。
「おや、レックスの方は下着もあるのか。」
「何?」
「こっちは下着は無い。どうやら裸エプロンで来いということらしいな。」
「ホントにイイ趣味だなぁ、おい。」
呆れるというか、腹立たしいというか、何か眩暈がするぞ。
「そうだレックス、重要なことを言い忘れていた。」
「何だよ今更。」
「手袋も用意されている。手袋を嵌めるんだ。」
「はあ? それが重要なのかよ。」
「重要だ。とても重要なのだ。」
「・・・・・・。」
何で手袋がそんなに重要なんだ。
目がおかしな輝きを放っているが・・。
み、見なかったことにしよう。下手に詮索すると蛇が出そうだ。
オレは仕方なく手袋を嵌め、タキシードを着て食堂へ歩いていった。横にいるクレアは本当に裸エプロンだ。何でそんな律儀に・・・律儀、なのか? ・・深くは考えまい。
食卓に着くと、さっきの男が緑色のスーツを着て現れた。

「あらためまして、こんばんは。わたくし、トーカンと申します。」

ヤミサコ・トーカン。男はそう名乗った。
オレは漢字は知らねえが、“ヤミサコ”というのは“闇が迫る”と書くらしい。つまりは東洋系ってことだ。
「私はクレアと申します。」
「オレはレックス。」
ぶっきらぼうなのも大人気ないと思って友好的な物言いをしようと思ったが、どうしても不恰好さが滲み出てしまう。
食事は野菜ばかりでオレには少々物足りない。こんなもんは老人かベジタリアンの食い物だ。あー、野菜野菜野菜。
何か気分悪くなってきたぜ。クレアはぱくぱく食ってるから変なモンは入ってないはずだが・・。
「うむ、エプロンドレスの下は何も身につけてらっしゃらない。素晴らしい。素晴らしい。実に素晴らしい。」
「光栄ですわ。」
重要なことだからって3回も言うんじゃねえよ。胸とかいろいろチラチラ見えて集中できないじゃねえか。ああ、今は任務の最中だってのに。オレもつくづく男だよなあ・・。いや、クレアに対してではなく女体に対してだ。間違えるな、この女は魔女だ。柔らかそうだとか考えるな。
「それにタキシード。ナイスな着こなしです。育ちのよろしそうな青年ですな。」
いえいえ、貧民街の捨て子ザウルスですが?
「きちんと手袋を嵌めていらっしゃる〜。素晴らしい。」
「・・・・・・。」
クレアといい、こいつといい、何で手袋がそんなに重要なんだよっ。口に出して言ってしまいたいが、何故か言いたくない。任務と関係してるかもしれないし、ここは黙っておこう。
「クレアさんのエプロンドレス! レックス君のタキシード! そしてわたくしの緑スーツ! 美味しい、美味しすぎます! 食欲が抑えられませんねえ!」
そう言ってトーカンは凄まじい勢いで食を進める。こいつの頭の中が知りたい・・。いや、知りたくない。
「実のところ、レックスは手袋を嵌めるのを忘れそうになっていたのですが、私が指摘しました。何と言っても手袋ですからね。」
「トレビアン!」
お前は何人(なにじん)だ。
「やはり手袋あってのタキシードですわね。」
「手袋! 手袋!」
「それに、色は白。」
「白!」
こいつら何を言ってるんだ・・・。おかしいな、使ってる言葉は理解できるのに内容がサッパリだぞ?
「気が合いますわね。私たちがここへ来たのも必然ということかしら?」
「ふふふ、そうですね。あなた方、道に迷ったというのは嘘でしょう。」
トーカンは笑うのをやめた。
まさかオレたちの正体や目的を知ってるのか。緊張で心臓が凍りつきそうになり、背中に悪寒が走る。
オレは何も言わずにクレアの方を見た。
この状況を予知してるなら、切り抜ける策も講じているはずだ。
「あらあら・・・無粋なのね。わかっていても知らないフリをするのが粋なのではなくて?」
「これはこれは申し訳ない。」
トーカンは少し拍子抜けな顔をしてから笑顔に戻った。
「この素敵なお屋敷のことは、近隣の噂で聞きましたの。森の中に不思議な館があって、そこに行った者は誰ひとりとして戻ってこないって。今時こんな手の込んだことをする人の顔を拝見したくて参りました。」
「・・いやはや、人を使って噂を流させた甲斐がありました。あなたのような美しい方が来てくれるとは。それに手袋の似合う青年も!」
「手袋!」
「ブラボー手袋!」
「白い。」
「白!」
ええい、手袋はもういいっての。何を興奮してんだ。
しかし上手い切り抜け方だ。不気味な噂を粋な金持ちの道楽と勘違いしてやって来た馬鹿・・・を装って、警戒を解く。相手も罠に嵌めようと話を合わせる。
手袋は余計だがな。

部屋に戻ってオレは、さっさと手袋を脱いで机の上に放り投げた。
するとクレアのやつ、あからさまに残念そうな顔をしやがった。何だよ。
「ああ・・・手袋が・・・白手袋が・・・。」
「ええい、もう我慢できねえ。手袋が何だってんだよ!」
次の瞬間、クレアの口から信じがたい言葉が発せられた。
「私の純然たる趣味だ。」
唖然。オレは固まって目をしばたかせた。
どんな深い意味があるのかと思ったら、よりによってただの趣味。ああもう、けったくそ悪い! まるでオレが馬鹿みてえじゃねえか!
「どうかしたか?」
「どうもしねえよ。馬鹿臭い。」
「そうそう、これから私はプラスチック爆弾を仕掛けに行くから、くれぐれも手袋を嵌めておくように。いいか、ちゃんと両手にだぞ。」
「つまり任務とは関係ないんだな?」
「大いにある。私のモチベーションが違う。」
クレアはそう言って部屋を出て行った。
去り際に足を止めてもう一度言いやがんの。
「いいか、くれぐれも手袋を忘れるな。」
「・・・・・・。」
言う通りにするのも癪だが、あれだけ真摯に言われるとなあ・・・。というわけでオレは手袋を嵌めてベッドに腰掛けた。多少やる気が下がったところで任務に支障が出るとも思えない、ってか、どう考えても任務とは関係ないが、拒否する理由を考えるのが面倒だ。
はあ・・・こういう、待ってるだけの時間は、退屈で苛ついてくる。何か楽しいことでも考えろ。
すると浮かんできたのはクレアのエプロンドレス姿だ。大胆に肩を出して、胸元も大っぴらに見せつけている。あちこちにフリルが付いているし、中身は生まれたままの姿だし。あの胸に顔を埋め・・・いやいやいや、何を考えてるんだ。あいつは魔女だ魔女魔女魔女・・・・・。
早く戻って来ねえかな・・・何か眠たくなってきた。腹の下だけが妙にビンビンしてるが・・・。
ああ・・・・眠た・・・・・・・


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気が付くとオレは空気に溶け込んで屋敷の中を浮遊していた。
一室から女の喘ぎ声がする。
中に入るとエプロンドレス姿のクレアが裸のトーカンに馬乗りになっていた。
『あン・・・やん・・・』
トーカンの細くも逞しい腕がエプロンドレス越しにクレアの胸を揉みしだいている。
クレアは顔を赤らめ、吐息と共にエロっちい声をあげている。オレも全身が強い感情・・・怒りと性欲でざわざわするが、勃つモノも無え。
『あァッ!』
クレアの体がビクッと震え、涙と唾液が吹き出した。ドレスの裾がバサッとトーカンの体にかかり、それと共にトーカンが肩を掴んで引き寄せる。
『んんー!』
エプロンドレスで覆い隠されているが、ゆさゆさと揺れてることから中で起こってることも想像がつく。
すぐに裾はぐっしょりと濡れて、部屋に匂いが立ち込める。
『はあっ、 ああっ !』
気持ちよさそうに涙を流しながら、クレアの体が上下する。その細い肩をトーカンの腕がしっかりと掴んで動かしている。引き寄せては離し、引き寄せては離し・・・いつまで続ける気だ、この・・
『うっ!』
トーカンの体が震え、ドクッと音が聞こえた。
『××××××?』
クレアは意地悪く笑う。
『まだ××××××?』
裾の中がどうなってるのか知りたくもねえ。ドロドロに溢れかえっ・・
クレアが自分から激しく動き、トーカンの息が荒くなる。だんだんと苦しくなってるようだ。
『くう・・・くはっ・・・最高だクレア・・・!』
表情が苦悶に侵されていく程に体は喜びを感じる。
『そうよ・・・あァん・・・苦痛と快楽は表裏一体・・・。んあっ・・・脳髄の張り裂けるような邪淫の頂へ、共に堕ちましょう。』
『おおおおお・・・・・・!!』
みるみるトーカンが吸い取られていく。
互いに数え切れないほど絶頂を繰り返し、汗だけでなく細胞液まで滲み出す。
トーカンがぐったりと倒れ込んだと同時に、オレの意識も次第に霧がかかる程にぼんやりとしてきた。
夢から醒めるときが丁度こんな感じだ。
『んんっ・・・』
意識が消える寸前に、クレアの淫らな声が聞こえてきた。


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ふと気が付くと、オレはベッドに腰掛けたままだった。下着がべしょべしょになっていたので、急いで予備のに替えた。
あー、・・・あんな夢見るなんて、オレも相当タマってんな。日頃から近くに千里眼がいると思うと、どうも抜いとく気が失せるんだ。見られてると思うと落ち着かないんだ、まったく・・・。
まあ今更、恥ずかしがっても始まらねえがな。ハタチ過ぎれば余計な羞恥心なんて無くなってくらあ。
・・・なんて達観したようなことを言ってるが、足音が聞こえたときは心臓が飛び出るかと思った。
「待たせたね。」
エプロンドレス姿のクレアが、夢で見た淫らな顔とは似ても似つかない澄ました顔で現れた。
やっぱりあれは夢だったのだと、急速に落ち着いてきた。
クレアの手にはリモコン。フリルびらびらのドレスに爆弾のリモコンって、どういう組み合わせだ。
「これから脱出するけど、私の傍らを離れるなよ。」
「・・ちょっと待て。まさか今から爆発させるわけじゃないだろうな。」
「その通り。一を言えば四か五までわかってくれる。嬉しいよ。」
「なるほど、既に封鎖されてるのか。」
何だろな。クレアの考えてることがよくわかる。こういうのを息が合うって言うのか? 悪くない気分だ。
「お前の側にいれば爆発から身を守れるとでも?」
「ああ。お前は私が守る、レックス。」
クレアは真摯な顔でオレを見た。
いつもの表情とは違う。初めて見る顔だ。
何だか胸が高鳴る。
「では行くぞ。」
クレアはオレの肩を掴んで引き寄せた。甘い香りがする。


- - - - - -


闇迫十日(やみさこ・とおかん)が生まれたのは、それを元に名付けた十日夜(とおかんや)の夜だった。
1933年、日本はキナ臭い時代。やがてトーカンに妹が生まれたのは、1937年、日中戦争が始まった頃だった。
トーカンの母親は情勢を機敏に捉え、子供2人を連れて海を渡る。際どいところを何度か乗り切り、朝鮮半島へ、そして中国、インドまで長距離を移動した。それが1940年のことである。
この強行軍を可能にしたのは、トーカンの母親の持つ2つの超能力によるものだった。
遠い親戚に、三日月という予知能力者の家系があり、微力ながらも予知能力やテレパシーを彼女は持っていた。
たかがC級程度の予知とテレパシー、それが生き延びる為にどれほど役に立ったか。際どいところを回避し続けたのも、この能力が無ければ成しえなかったことかもしれない。
そして、もうひとつ。強行軍には重要な能力。食料の事情だ。
人間は食事も水も摂らなければ、およそ10日ほど生き延びるのが限界、動いたり頭を使ったりすれば更に縮まる。
水さえあれば1ヶ月は生き延びられるというが、それも動かなければの話である。
トーカンの母親は、植物と融合する能力を持っていた。それにより彼女は、光を浴びることで体内でデンプンを作り出し、自らの肉を切り取って子供らに与えたのだ。
また、光合成は酸素を吐き出す化学反応でもある。強行軍は、空気の澱んだ場所で何時間も過ごさねばならないときもあったが、そのときに母親の吐き出す酸素が子供たちの命を保った。そうでなくても、昼間は常に新鮮な酸素が供給されるので、それが僅かずつでも生命力の枯渇を防いでいた。

トーカンの母親が死んだのは1944年、イギリスにてのことだった。
インドに辿り着いてから、更に西へ西へ進み、ヨーロッパの島国まで。
自分の肉を子供に食わせ、再生も出来る、そんな人間が安住できる地を探すのは難しい。住処を転々としながら、母子3人は森の中で2人になった。
妹は泣いたが、トーカンは泣かなかった。
(お腹すいたなあ。)
ぼんやりと霧のかかったような頭で、最初に考えたことは胃袋のこと。
トーカンは泣きじゃくる妹と2人で、母親の残りを食べて、骨を土に埋めた。
やがて彼女の墓からは双葉が芽生え、その成長を見守りながらトーカンと妹は森で過ごした。
森には木の実があり、何とか飢えを凌ぐことが出来た。

トーカンの母親は心優しい人間だったが、トーカンは違っていた。
彼にとって、母親は食料だった。生まれたときから側にいて、枯渇しない食料だった。
枯渇しないはずの食料が枯渇したとき、トーカンは生まれて初めて飢餓の恐怖を覚えた。同時に、肉の旨味と木の実の味気なさを思い、肉が食べたいと強烈に思った。
トーカンの妹は、人喰いの部族が亡くなった仲間を食べるように、悲しみと慈しみを持って母親を食べた。
トーカンは、蜘蛛の子供が母親を食べてしまうように、昆虫のような無機質な感情で母親を食べた。
やがてトーカンは、すぐ近くに美味しそうな肉があることに気が付いた。

2人は、1人になった。

土を掘り、いつものように食べかすを埋めるトーカンは、やけに静かだと感じていた。
美味しそうな小鳥がピヨピヨと鳴きながら飛んでいる。
そこへ現れたのは、それも突然に現れたのは、精悍な顔立ちの男だった。
『やあ、久しぶり。』
男は小瓶を持っていた。
中には赤い液体が入っていた。


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“人喰い屋敷”トーカンは、母親譲りの能力を使って、世界中を移動しながら人を食っていった。
植物と融合する能力も、予知能力も、母親より遥かに優れていた。まるで心の優しさと反比例するかのように。
トーカンの母親は微々たる能力で子供たちを守り通した。
トーカンは強力な能力を自分の欲の為に使った。
トーカンの母親は優れてはいなかったが、優しかった。
トーカンは優れていたが、優しくなかった。

ギガマイル・クレッセントが闇迫トーカンを捕捉したのは1971年。
アルカディア本部は、彼をブラックリスト2級に指定。月組に討伐を命じた。


ドオン
ドオン
ドオン
ドオン

次々と爆音が轟き、壁や天井がみしみしと音を立てて罅割れていく。
「はァっ!」
掛け声と共にクレアが駆け出す。
オレの体もそれをわかっていたかのように自然に動き出した。

ドオン
ドオン
ドオン
ドオン

爆風と共に破片や埃が飛んでくるが、どれひとつとして体に当たることもなく、目や鼻に入ることもない。クレアの千里眼ってのはどこまで凄えんだ。
制限をかけたくなるのもわかる気がするぜ。どれだけ複雑で膨大な計算をこなさなければならないかって、素人のオレでも尋常でないことくらいわかるって。制限かけなきゃ、そのうち頭がパンクしちまう。
ひゅんひゅんと飛んでくる破片が服を掠める。クレアのエプロンドレスはボロボロになっていくし、オレのタキシードもあちこち穴が開いた。手袋にもだ。
「だから言ったろ。ちゃんと手袋を着けておけって。」
「・・・そうだな。」
純然たる趣味だと言ってなかったか?

ドオン
ドオン
ドオン
ドオン

まだまだ爆発は続く。クレアのやつ、どんだけ仕掛けたんだか。
壁や天井が崩壊すると、驚くことに中から巨大な植物の蔓が出てきた。それらはまるで動物みてえにうねうねとのたくって、オレたち向かって伸びてくる。
「やァっ!」
「はァっ!」
クレアもオレも見事にかわして走っていく。追いつかれると思ったときには上手い具合に爆風や破片がガードしてくれる。これも全部予定通りかよ。一歩間違えれば死ぬ状況なのに、まるで死ぬ気がしねえ!
「人喰い屋敷って、マジで屋敷自体が人を食うのかよっ!」
「そうさ、闇迫トーカンは植物と融合する能力を持ったエスパーでね!」
「こんなに成長しやがって、一体どれだけ食ってきたんだか!」
「聞きたい!?」
「聞きたくねえよ!」
人喰い植物の巣を走り回りながら、オレもクレアも気が昂ぶって、子供みたいに声を掛け合った。
何だか楽しいぜ。不謹慎か?
剥き出しになった壁も天井も床も、うねうねと動いて行く手を阻む。だが、走っていくと爆発やら何やらで自動的に道が開く。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛・・・!!」
トーカンの唸り声が聞こえてくる。
最も強烈な意思を持った緑の鞭が飛んできた。
時間の遅い世界に入る。
目はしっかりと飛来してくる物体を捉えているのに、体の動きが追いつかない。
これってどれくらい速いんだ。
想像もつかない。
考えてるうちに視界の端から拳が現れた。
「ひゅっ」
クレアの打撃がトーカンの太い蔓を弾いていた。
「はっ!」
ようやく時間が元の速さで流れ出す。
オレは自分でも気付かないうちに身をひねってトーカンの攻撃をかわしていた。
髪の毛を少し持っていかれた。
「計算通ーり!」
クレアが笑いながら叫ぶ。
来る方向、スピード、タイミング。全てを予知して打撃を放ったわけだ。寸分の狂いもなく。
少しでもブレたら拳を痛めるどころでなく、手が吹っ飛んでいたに違いない。
「何て絶妙の角度とタイミングだ!」
「はっは! 崩拳はよく練習を積んだものでね!」
「クレアが中国拳法やってるなんて初めて聞いたぞ!」


- - - - - -


闇迫トーカンは、誰かを恨んだことはなかった。
誰も憎まず生きてきた。世界を憎むこともなかった。
自分たちを白い目で見た人々を恨まなかった。戦争を憎まなかった。
誰も恨まない代わりに、誰にも優しくしなかった。
戦争を憎まず、平和も求めなかった。
(お腹すいたなあ。)
彼の考えることは、食べることが中心だった。
次いで性欲と睡眠欲があった。
食べるときは性的にも興奮し、睡眠欲とも直結した。
クレアとレックスが来たとき、彼は「美味しそうだなあ」と思った。


- - - - - -


トーカン必殺の一撃を紙一重でかわしたオレたちは、その後は苦も無く屋敷を脱出できた。
「走れレックス! もうすぐ来るぞ!」
何が来るのか知らんが、確かにまだトーカンは死んでねえ。追ってくる音が聞こえる。走るのをやめる気は更々ない。
近くの森に入ると、クレアはオレの首を引っ掴んで地面に伏せた。
何か来る。
耳を
つんざく
ような
独特の風切音は、ミサイルのものだ!?
オレの見ている前でミサイルは人喰い屋敷ヤミサコ・トーカンを粉々に吹き飛ばし、燃やし尽くした。
「・・・ミサイルが来るまで、トーカンを足止めしておく必要があった。」
クレアは立ち上がって炎を見つめている。
「なるほど、屋敷全体が奴の体だ。移動も自在か。」
それにしてもミサイルの着弾点を、こうも正確に出来るとは、クレアの千里眼の能力は凄まじい・・・・・・いや、そんなことはどうでもいい。思ってるのはそんなことじゃないだろう。
立ち上がってから気付いたが、クレアからは、あの匂いが・・
あの生々しい夢を思い出した。思い出してしまった。
「クレア・・」
「・・・・・・。」
クレアの体がビクッと動く。
オレが考えてること、全部わかってんだよな。
「・・・だから連れてきたくなかったんだ。」
クレアの手がタキシードの前を掴む。
顔は俯いて見えない。
「危険だと言っても聞かないお前だと、わかっていたはずなのにな・・・。」
肩が小刻みに震えている。
オレは両手で掴もうとしたが、掴めずに拳を握りこんだ。
「私は千里眼のエスパーということ以外は普通の、生身の人間だから、トーカンを足止めするには体を張るしかなかった。でもレックス、お前には、お前にだけは、私のあんな姿を見られたくなかったよ――――!!」
トーカンの強力な思念波が、様子をオレに克明に伝えたのか。
見るべきではなかったと後悔しても遅い。意識を閉ざせばよかったと今更思っても遅すぎる。
オレは大声で泣き続けるクレアの肩を、抱き締めることしか出来なかった。



2人で夜汽車に乗っての帰り道。
オレは終始無言だった。
クレアは泣き腫らした目で俯き加減。
気まずい沈黙のオレたちを、汽車はゴトゴト運んでく。
タキシードとエプロンドレス。しかもボロボロって、傍から見たらどう見えんだろうな。
まあ乗客も少ないし、他人を気にするような人らでもなさそうだ。
いっそ気にしてくれたらとも思うが、そうはならずに気まずい空気のまま、汽車はオレたちを終点まで運んでいった。

ホテルでぐっすりと眠ったら、起きたのは更に次の朝だった。
クレアは既に起きていて、シャワーと着替えを済ませていた。
「ほらよレックス、着替えだ。」
クレアがシャツとジーンズを投げてよこす。
いつものクレアだ。一晩経ったら元通りになってやんの。その方が変に気を遣わなくて済むけどな。
決して残念とか思ってはいない。思ってはいないぞ。
さっさとシャワーを浴びて着替えを済ますと、たった30時間前のことが遠い昔のことか夢のように思えてくる。
モーニングサービスのトーストとコーヒーに口をつけながら、オレはようやく一息ついた。
するとクレアが唐突に言う。
「それにしても残念だなあ。」
「え? お、オレは別に残念とか・・!」
「ん?」
「あ、いや。何が残念なんだよ。変なこと言うからコーヒー吹きそうになったじゃねーか。」
「何が残念って、そりゃあ・・・。あのとき、押し倒してくれてもよかったのに。肩しか抱いてくれなかったし、帰りでもしおらしい態度でいたのに口も利いてくれなかったし。」
「は? おい、てめー・・」
やっぱこいつ魔女だ。恐い。
「私の予知能力もまだまだ拙いな。予定では、勢いのまま蕩けるように愛し合うはずだったのに。」
「んなもん、あいつと散々ヤッたろ。」
あー、自分で言って胸糞悪い。
「わかってないな、レックス。行為は同じでも、そこに愛があるかどうかで違うものだよ。心地良さも・・・」
クレアは齧りかけのトーストを置いて、オレを見つめた。
「快楽もな。」

妖しく艶かしい瞳。
オレの心と体の一部が反応した。




   第二十話   了

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『エスパー奇譚』長編小説 「千里」 第二部まとめ読み
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佐久間闇子と奇妙な世界
2016/05/02 01:50

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