佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 文学ガール 〜ヴァイス・ヴァーサの楽屋裏〜

<<   作成日時 : 2016/08/04 00:00   >>

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なんだろう・・・初めて読んだはずなのに、懐かしい感じ・・・


「男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。」
ああ惜しいっ! このフォーマットでもギリギリ1行に収まらない!
略して「首絞め」だそうですが、略称って4音が基本なんですかね?
(なるたる、ひぐらし、うみねこ、ハガレン、はがない、めだ箱、黒バス・・・)


プリパラ視聴中にて、似鳥とミークに「!?」となりましたが、
それよりも「数学ガール」のミルカさんと似ている!
容姿だけでなく、内向タイプのヤンデレなところとか、私の共感度も高ぇ・・・。
計算力も、どっちかというとミルカさんの雰囲気だよなァ。

主人公の名前も出てこないですし、佐竹さんはテトラちゃんと似てますし、
何より、小説を書く経緯を丁寧に説明していく物語が、
数学を丁寧に説明していくストーリーと似ていて、もろ好みです。
シックでダウナーとでも申しましょうか。雪の降るような静かさというべきか。

この関係で、何があって“首絞め”に至るのか・・・もどかしいながらも、
作家の話が興味深すぎて、そちらに食い入るように聞き入る、そして謎が深まる・・・やきもきさせられました。
きちんと伏線が、さりげなく張られていて、感嘆しきり。

「首絞め」を読んでいると、自分もプロになってみようかと考えてしまうほど・・・!
(考えても、決意にまで至ってないのですが)

“現役高校生作家”というフレーズは、一見いかにもフィクションっぽいが、
遊戯王原作HPの作家陣が、10代の頃から投稿してる人も多いと知ったときも驚いたもので、
やはり創作の世界ではよくあることなんですねー。


さて、いかにして彼は作家になったか?

このあたりの経緯が、超あるあるだったり、参考になったり、
知らないことを学んだりで、興味が尽きない。

早速あるある、“本で遊ぶ”。
だけど私は、自分を物語の中に入り込ませることは殆ど無く、
あっても“自分自身”ではなくて、自分とは異なるキャラを演じることだった。

妄想は作家にとって常識的なことだが、私は“格好良くて凄い自分が大活躍”という妄想は皆無だった。
自分をクビにする時期こそ違えど、自分以外を主役にする方が世界が広がるのは間違いない。
自我を消す必要は無いが、それを制御できることは必須だ。

母親の英才教育という点では、幼い頃に絵本を何度も読み聞かせてくれたことが大きい。
せがむ私に、嫌な顔ひとつせず・・・というわけでなく、疲れた顔はしたものだが、
しかし読んでくれないことはなかった。そのうち自分で読み返すようになった。

妄想ノートの存在も、超あるある!
私はノートに、T1、T2、T3・・・と打っている。ideaの頭文字だ。
自分で書いた文字が読めないことも、あるある・・・うん・・・。
記憶力に関しては色々と違う面があるが、それは後述する。


小説を書く為にパソコンを買うという発想は面白い。
なるほど確かに、慣れればパソコンの方が速い。
私は手書きから始まり、今でも手書きを併用しているが、今の速さはパソコンでないと出せない。
手書きを併用している理由は、すぐに書けることと、自由度の高さが貴重だから。

ATOKに一太郎、この手の単語が出てくるだけでニヤッとするw
ワープロとフロッピーディスク時代は、とにかく漢字変換が煩わしくて仕方なかったものだ。
現在の漢字変換ソフトは、随分と進化したものだと思う。

Q:どうやったら小説が書けますか?
A:まずは書き始めることです。

「小説家の作り方」でも言われていたことだが、これが真理としか言いようがない。
“ひたすら、足掻いた”というセリフだけで、当時が蘇ってきた。彼も同じだった。
みっともないぐらいに足掻いて、なかなか進まないことで苛立ち、苦しかった。

それでも投げ出さなかった理由は、私の場合は単純だ。
「どれほど苦しくても、精神病の症状よりはマシ」だから。小説を書いてる間は症状が緩和されるから。
人間は楽な方を選択する。しんどいことへ挑む人は、その方が精神的に楽だからだ。

その前段階、彼がストーリーを考えたことが無かったのは、意外だった・・・・・・というよりも、
そういえば私は、どうしてストーリーを考えることに苦労しなかったのか。
多くの作品に触れて、ストーリーの雛形を捉える能力を養ったことも事実だが、
弟と“ごっこ遊び”をしていたことが大きかったのではないかと思う。
多くの作品に触れたのは、彼も同じことなので、ならば違いを生んだのは、
ここでも“やってみたかどうか”だろう。実践は大切だ。

ストーリーを考えるというのは、特に短編ストーリーを考えることが重要だと、あらためて思う。
手塚治虫の名言に「16ページあれば何でも描ける」というものがあるが、
これはストーリーを構成する能力の重要さを説いている。

それにしても、「幼稚園・オブ・ザ・デッド」観たいw
ゾンビ映画は様々な亜種があるけど、「永遠に美しく・・・」とか面白かったなァ。
いや、これをゾンビ映画と言っていいのかわからんけどw

それはさておき、小説を書く為に必要なことは、想像力、道具、そして・・・筆記能力である。
「小説を書くのに必要な技術は、初等教育に全て詰め込まれている」という言葉に、いたく共感したが、
これがそのまま真理だと思っている。

プロアマ問わず、作家になりたいなら、学校の勉強を真面目にやることだ・・・と言いたい。
必ずしも実際に学校に通っている必要は無いが、“学校でやるような勉強”は必要だ。
言い換えれば、必ずしも学歴は必要ではないが、学力は絶対に必要ということである。
想像力(妄想力)は、ゲームなどで言えばソフト部分であり、動機と繋がる部分であり、そもそも“前提”だ。
そこから実際に書こうと思えば、ハードディスクに相当する技術が必要となる。
そしてそれは、初等教育に全て詰め込まれている。
句読点がどうとか、語調を揃えるとか、そうした細かいことが重要だったのだ。


書く速度だが、確かに速くなったと感じることは何度かあった。
スムーズに、書きたいことを文章に出来る。すらすら書ける。これは良い。病み付きになる。

しかし実際には、体感ほどに速くなったわけではないと思う。
上がったのは、単純な“速度”よりも、“集中力”と“頻度”だ。

言い換えれば、“執筆体力”の向上。
同じだけの文章を書いていても、疲労する度合いが少ない。だから長く書ける。
スムーズにイメージを文章に出来るから、書き直しが少なくなり、集中力が損なわれにくい。

手を動かす速さ、指を動かす速さには、限度がある。
私は、このペースだと一生かかっても・・・という恐怖を覚えることが多かったが、
だからといって、より速く・・・とは思わなかった。

高めたのは、頻度。

私は決して、執筆スピードが優れているわけではない。
スピードで言えば弟妹の方が速いし、両親の方が更に速い。
そして親戚にプロの漫画家がいるが、「岸辺露伴が、誇張であっても嘘ではない」と感じるほどに速い。
普段から文章を書いている人々の中では、ほぼ間違いなく私は遅い方だ。

しかし実際には、こうして私は毎日ブログを更新し続けている。
それが出来るのは、速さではなく頻度。書いている時間の長さと、それが日課であることに裏打ちされている。
1日の執筆時間は脳の限界があるが、ならば毎日書けばいい。
たとえ私の倍の速さで書ける人でも、日曜日にしか書かなければ、私の方が3倍以上の分量を書ける計算だ。

>勉強以外の時間はほとんどそれにつぎ込んだ。
>休みであるのをいいことに、一日中書いていたときのことだ。

これが最大の理由であり、真理である。
溺れているうちに泳げるようにはならないが、
足掻いているうちに川を渡りきっていることはあるものだ。


〆切りの重要性。これもよくわかる。
アマチュア作家たる私に、プロ的な意味での〆切りなど無いわけだが、
ゆえに私は、「毎日更新しよう!」と最初に決めた。
これは別に毎日でなくても、3日ごととか、週1でもよくて、
肝心なことは、“それを遵守する”ということである。

実は当初、私は単に、自分で決めたルールくらい自分で守ろう、くらいにしか考えていなかったが、
それを守り続けて本当に良かったと思う。
「〆切りが無ければ作品の半分も生み出せなかった」という言葉があるが、
〆切りを設定することは、作品を生み出す原動力の1つでもある。情熱は真面目な人にしか宿らない。


プロットは軽めにするあたりも、私と彼は近いタイプの作家という気がする。
やっぱりプロは、きちんとプロットを作るものかと思っていたら、
プロット通りに書けたことはあんまりないと聞いて、安心した。そうだよね、普通そうだよね(必死
しかし一般的な感覚からしたら、驚かれることかもしれない・・・。

設計図に忠実なのは、キャラを動かすタイプの作家だろう。
私は世界だけ作って、そこにキャラを放り込んで、観察日記を書いているだけなので、
きっちりプロットを作る意味は無い。


地の文の方が書くのが苦手だというのは、ここは私と異なる点だった。
しかも圧倒的なのか・・・マジか・・・。

私は逆に、セリフを喋ってるのか誰なのかわかるようにするのが大変だった。
妄想の中ではポンポンと弾むのに、文章にすると「あれ?」となってしまう。

これがマンガなら一目瞭然なのに・・・ああ、マンガが描ければ・・・とか愚痴をこぼす毎日だった。
いつから今のように、地の文と同じだけスラスラ書けるようになったのかは、思い出せない。
思い出せないということは、何か急激な進化があったわけではなくて、徐々に成長したのだろう。

なるほど今では確かに、セリフの方が楽になっているかもしれない。
かといって地の文が苦手ということはないのだが・・・。
これは私の武器だったのか。(得意だと思い込んでいる危険性)

>僕がリアルの会話が苦手なのは、ひょっとしたら自分一人で指す将棋に慣れてしまっているからかもしれない。
>“会話とは自分の思い通りに進むもの”という誤認のせいで、相手が自分の予想に反する言葉を送ってきたときに、もう何を言っていいのかわからなくなる。

あるある過ぎて泣けてくる・・・OTL

小説の会話は整えられているというのも、リアル会話が苦手になる理由なんだなぁ。
自分も小説のキャラみたいに整った話し方をしなければ・・・という意識が常にあるという。
それが理想と現実の乖離を引き起こして、喋れなくなるという罠。

点の数については、私は自由にやってるなァ。
いちおう三点の倍数が多いけれど、途中で息を切るときは二点とか、
息も絶え絶えなときなどは、規則的に刻むと違和感あるから、長さを変えるとか。


そういえば長文タイトルを付けたことはないけれど、サブタイの方では長いものもある。
基本的に私は、タイトルは簡素で、サブタイに凝る傾向がある。

印象的なサブタイといえば、特に以下の4つだ。

>「悪の味方に懺悔しろ!」

かっくいー! 「聖・はいぱあ警備隊」のサブタイはスタイリッシュなものが多く、
作者はサブタイつけるのが苦手だとか言ってるのは嘘に違いない。

>「最初に死んだ者が最初に蘇る!」

作中のセリフをサブタイに持ってくる作品は結構あるが、「モンキーターン」もその1つ。
目次が賑やかになっている。

>「闇の隣のインターミッション」

これしかないぜって感じの、「魔人探偵脳噛ネウロ」15巻のサブタイ。
この言い回しは、まさしく作者の全盛期。

>「ようこそカージナルズ」

私のサブタイには「ようこそ○○」がよく登場するが、元ネタは「巨人の星」のコレ。


読みやすさ、改行については、悩みどころの1つだ。作家は悩みの塊だ。
改行が多いと逆に読みにくいという意見もあり、私は両方やるという結論になっている。
『エスパー奇憚』では改行を少なめに、間も詰める。デュエル小説では逆に、間を空けまくる。

キャラ名は、ある程度は被ってしまうのは仕方ないと思って書いている。
他と被らないようにするのは当然だが、それを意識しすぎると新しい名前を思いつけなくなるので・・・。


編集に関しては、言ってることはわかるんだけど、
それは相手の編集者が誠実なことが前提よな・・・。

きちんと売れる本を出そうとする、プロ意識を持っている編集者なら、頷ける。
特に、間違いが無いかどうかをチェックしてくれるのは、非常に助かると思う。
私も何度、これ出す前にチェックしてくれる人がいたらなァ・・・と思ったことか。
デュエル小説とかで、挑戦状とか出すときにミスがあったら青ざめるよね!
あんな思いは二度としたくない・・・・・・誰か・・・私に校閲者を・・・・・・

しかし世の中、自分の好みだけで作品を見る、読者気分の抜けてない馬鹿編集者が多いと聞く。
・・・いや、こういう言い方はやめておくか。作家と編集者の関係なんて、相性の問題だろうからなァ。
編集にはボロカスに言われた方がいいって作家もいて、実際その人の描くものは面白い。
面白ければ正義なので、そうした編集者も一定程度、幅を利かしている。

このあたりが、私がプロになろうと思わない最大の理由なんだろうなァ。
自分の文章を直すことには、なるほど、あんまり抵抗は無い・・・が、思想に関しては別だ。

「本が好きな人間は本屋になるな」という言葉があるが、少なくとも本を扱うときは、
自分の好みとか価値観とか、そういったものはOFFにしておくべきである。
作家がパソコンの周辺機器だとすれば、編集者はコピー機の付属部品だ。

表記揺れとかは、結構あるが・・・ある程度は意図的に揺らしている。
私は、漢字かな混じり文を書くとき、なるべく漢字・ひらがな共に、一定以上連続することを避けている。
何故なら、(自分が読んでいて)読みにくいから。

それにしても、ガレー船を知ってる人が何故、活版印刷を知らないのか・・・?
似鳥さんの謎は深まるばかりである。


あとがきは悩むときもあれば悩まないときもある。
以前ほど悩まなくなったのは、良いことなのか悪いことなのか。

しかし、読者や社会にケンカを売らない限りは・・・というが、結構そういう後書きもあr(ry
あとがきではないが、読者にケンカを売ったセリフで印象深いのは、橘真冬。


それにしても、真からのファンレターが面白すぎる・・・!
九分九厘ドッキリだと思うけど、世の中には想像を超えた人々が存在するからなァ。

しかし実は、もうひとつのファンレターの方が伏線だったという。
このとき似鳥さんが言い当てたり嬉しそうだったりしたのは、勘の鋭さではなく、そういうことだったのか!
返事を出さない主義の人が、自分にだけ返事を出してくれたら、そりゃもう嬉しいよね!


夢をメモしておくのは私もやりますが、8月3日の朝に見てた夢は以下の通り。

悪戯をしていたら犯人の罠で、炭酸ガスで窒息しかける高遠。
それを助けた金田一は、人工呼吸しようとして、しかしファーストキスは美雪の為に取っておきたいので、
飛行機に取り付けられている人工呼吸器を見つけて高遠に装着。ニヤリと笑って復活する高遠。

一方その頃、私は妹とオカルト事件の捜査に出かけていた。空気が美味い。
呪いを振り撒いている真犯人は、子供に死なれた母親で、妹は親身になって話を聞き、説き伏せる。
その横で、私は呪いの根源であるザリガニの殻を、エビだと思い込みながら執拗に踏み潰していた―――・・・

・・・・・・意味わかんねえよ! 何だこれ! 私もう呪いで頭ダメになってるよ明らかに!

ここから、どうやって話を膨らませればいいものか・・・。
時雨沢センセーの夢のような整合性は皆無で、かといって椎名深夏の夢ほどカオスでない、
この中途半端さ・・・・・・あと、長いこと寝ていた気がしたが、起きたら朝の10時だった。


書いてるうちに予想より長くなった!
記事を分けます!


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