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zoom RSS 「サトリン」 第二話 少女と丸十字

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:05   >>

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私の名前は九古鈍郎(くこ・どんろう)。
半年前、私は不思議な体験をした。“サトリン”と名乗る謎の少女に妻との仲を取り持ってもらったのだ。
そして2003年7月。私は再びサトリンなる少女に関わることになる。話していく際に触れようと思うが、彼女は不思議な力を持っている。自称「困っている人の味方」で、どこからかカネを捻り出したり、人の意思疎通をスムーズにする能力を持っているようだ。
この話が私の妄想でないことは、この半年で友人の八谷を含む何人かの証言によって証明されている。
もっとも、それすらも私の妄想だと疑うのなら話は別だが。ただし私は精神科医にかかって正常だと言われたので、疑うならその精神科医まで疑うことになるが。
それで今回の話になるが、私はある事情から私立の女子高の講師をやる羽目になった。夏休みの間だけの臨時講師で、時間数の割に給与も良かったので引き受けることにしたのだ。
この私立三角(みすみ)高校で、私は1人の女生徒と出会う。
彼女の名を、十島瑠璃子(じゅうじま・るりこ)という・・・。


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「やあ、来てくれてありがとう九古くん。本当に助かるよ。」
三角高校の若き理事長、三角龍馬(みすみ・りょうま)は、私を快く出迎えてくれた。彼は高校のときからの先輩で、いろいろと世話になっている。
36歳とは思えないほど老けていて、それがまた私の好みなのだが、見かけは50は過ぎている。
言っておくが、私が講師の件を引き受けたのは、三角先輩が私の好みだからとか、そんな理由じゃないからな。先輩は、この春に父親の後を継いで理事長になったんだが、その際の人事整理の関係で夏休みの講師陣に穴が開いたので私に泣きついてきたのだ。いい歳した男が情けない声でオネガイしてくるのって最高だよね・・・いや、何でもありません。
私の趣味の話はともかく、先程言った“事情”というのは、こういうことだ。先輩の恩に報いる為に、この仕事を引き受けたのだ。人としての義理を果たそうとしているのだ。
私がこの件を引き受けるに当たって、妻にも仕事を手伝ってもらうことにした。まあ、夏休みの間だけなので妻も我慢してくれるだろう。これでしばらく頭が上がりそうにないが・・・。



1日目が終わって、私はいつもの通り本屋でBL本を1冊買った。
しかしそのとき、なんと女生徒に見られてしまったのだ。
「あれ、先生? 九古先生じゃない!?」
「げっ・・・お前は十島・・・。」
十島瑠璃子。私の受け持ったクラスで一番成績の良いと聞かされていた生徒だ。事実、今日実施したテストでは彼女が最高点をとった。
長い栗色の三つ編みの少女で、同年代の子よりも大人びた雰囲気がある。
そして着任1日目でどうして私が彼女の顔と名前を覚えているかというと、彼女の顔がとても特徴的だからだ。
卵を縦にしたような輪郭の顔に、広い額、大きな瞳。それらを際立たせる、整った鼻筋。
しかしこれらの美点は彼女の顔をよく観察しないとわからない。特徴的だというのは、彼女の頬だ。左頬に円形の、右頬に十字の、くっきりとした痣があるのだ。
・・・と、そんなことをクドクド話している場合ではない。よりにもよって教え子にBL本を買っているのを見られてしまうとは・・・。しかも今日は久しぶりに陵辱系の凄いやつを選んだのだ。タイトルと表紙の絵で陵辱系であることは丸わかりだ。うう、せめてソフトな内容のものだったら。って、そういう問題でもない。
どうする・・・!
「じゅ、十島、ちょっとそこのファミレスで話をしないか?」
すると十島は両手で頬を触った。
「んー。」
どうするべきか考えているようだった。
考え事をしているとき、痣のある頬に両手を持っていくのは彼女のクセなのだろう。テスト中も、しきりにやっていた。
そう思っていたら、彼女の左頬の丸字の痣が深紅に染まってきた。元々カサブタのような赤褐色だったのが、鮮血のように赤くなったのだ。
「・・・いいですよ。」

彼女の了承を得て、私はファミレスで差し向かいに座った。
「・・・・何か食べないか? 何でもいいぞ。鰻重でもステーキでも・・・。」
私は焦っていた。何としてもBL本のことは口止めしておかねば。
私が腐兄であることがバレたらマズい。三角先輩の信用は失うだろうし、八谷からも奇異の目で見られるだろう。特に妻にバレたら確実に離婚される。
「あはは、じゃあ、そうですね。お言葉に甘えて激辛カレーを・・・。」
私は激辛カレーとスパゲッティボンゴレを注文すると、冷や汗をかきながら彼女に話しかけた。
「いやあ、いい天気だね。」
「曇ってますよ、先生。」
「・・・・・・・・・。」
やばい、焦ってる。
いかん、落ち着くんだ。
「・・・んー、ところで十島は学年トップの成績なんだってな。」
「えー、あー、うん・・・。」
十島の顔が曇った。何故だ。
もしや成績が良いことで妬まれているのか。
「どうした、まさかいじめに遭ってるのか。」
私が真剣な顔で訊くと、十島は首を横に振った。
「ううん、そうじゃないの。ただ、あれは私の実力ではないというか・・・。ある意味カンニングというか・・・。」
「カンニング!?」
「あ、いや・・・笑わないで聞いてくれます?」
「ん? ああ・・・。」
何だというのだろう。
「実は私・・・超能力を持っているんですよ。」
「超能力!?」
私はギョッとした。
こいつ、何を言い出すかと思えば。
「あ、超能力といっても、物を動かしたりとか、人の心を読んだりとか、そんなんじゃないですよ。」
十島は慌てて手を振った。
「私の場合、頬に手を当てると100パーセント是非の判断がつくんですよ。この痣が疼いてね。」
「未来予知、か・・・。」
「ええ、未来予知(プレコグニッション)の変形能力で“聖痕”(スティグマ)っていうんだって。」
「プ、プレ・・・? スティ・・・? プレステ?」
何のこっちゃ。
「プレコグニッション・・・未来予知のことですよ。スティグマは聖痕。」
「ふーん、小洒落た言い方をするもんだ。・・・で、その“聖痕”って能力で良い点を取ったわけ?」
「そうです。選択問題なら完璧だし、他の問題でもミスしたら右頬の十字傷が疼くんです。勉強をするときも体調や精神状態から、どんな勉強が効果があるのかわかるんです。」
「なるほど・・・。さっきのもそれか・・・。多分、大きな選択になるほど集中力とか精神力がいるんだな。」
「ええ、その通りです。流石は先生!」
「はは、科学人間のクセみたいなものさ。科学で説明できないことは無い。超能力だって科学で解明してみせるさ。」

そう、彼女の“聖痕”という能力も、既に私の中では科学的に説明がついている。
十島瑠璃子。おそらく彼女は二重人格だ。
そして丸と十字の痣は精神学で言うところのヒステリー球の一種で、彼女のもうひとつの人格の意思を具現化させるものとして存在しているのだろう。二重人格といっても副人格の方は表に出てくることが出来ず、そのストレスからヒステリー球が出現したのだと思われる。
そもそも人間の脳は、一度記憶したものは脳が破壊されない限り忘れることはない。思い出せないのは、記憶の抽斗が開かないからだ。もうひとりの彼女は、記憶の抽斗を自由に開閉できるのだろう。

「先生・・・このことは秘密ですよ。九古先生だから話したんですから。」
「もちろん。」
私だから・・・? まさか私に惚れているとか?
いかんいかん、私にはれっきとした妻がいるのだ。浮気など以ての外。
というか、そういう話じゃなくて・・・。
「うん・・・それで・・・その・・・」
私が言い澱んでいると、十島が小声で囁いた。
「・・・・・・BL本のことは黙っておいてあげますよっ。」
そうそう、こういうことだ。
私はホッとして、出てきたスパゲッティを落ち着いて食べることが出来た。

「ところで九古先生。先生を信頼して言うんですけど、“サトリン”って知ってますか?」
「え?」
私は少し驚いたが、よく考えてみれば驚くことでもなかった。
ここ数年でサトリンの都市伝説は結構な範囲に広まっていると感じるから、十島が知っていても不思議ではない。
「ああ、都市伝説ね。やたらと長い電話番号の・・・。」
「そうです。そして、先生と私は・・・・」
その途端、彼女の懐から明るくしかしどこか物悲しいメロディーが流れてきた。
「あ、いっけなーい!」
十島はポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし、お母さん? ・・・・うん、うん、すぐ帰る。うん、・・・うん。」
母との会話が終わって、彼女は椅子から立ち上がった。
「という訳で、今日は帰ります。どうも、ごちそうさまでした。」
やや大人びた顔つきと口調で、十島は一礼してから慌しく走っていった。

いったい何なのだろう。
サトリン・・・十島・・・そして私・・・。どういう関係なのか。何か私の知らないところで大きな動きがあるようだ。
恐怖感と躍動感が同時に襲って来る。私もまだまだ若い・・・。
明日また十島と話をしよう。そう思って帰宅し、飯を食って床に就いた。

しかし翌日、私は彼女に会うことが出来なかったのである。



着任2日目。
昨日実施したテストの結果をパソコンに打ち込みながら、私は“はた”と気付いた。
BL本を買っていたのを見られた時点で失念していたが、昨日はテストの採点をしていて午後6時まで学校に残っていたのだ。十島はどうしてそんな時間に帰宅していたのだ?
この学校は遅くとも5時半には全生徒を完全下校させる。十島は30分以上も、どこで何をしていたのだ。
彼女は制服だった。だから、いったん家に帰ったわけでもない。だいたい、私の寄った本屋だって、学校からバイクで10分かかる距離だ。
私は十島の住所を調べてみた。
やはり学校から歩いて10分強・・・。
「・・・・・・・・・。」
偶然ではない。おそらく十島は私を尾行してきたのだ。
彼女には“聖痕”の能力がある。あれの応用で、例えば私の行動を予知するとか・・・。

チャイムが鳴る。私は教室へ向かう。
この日、十島瑠璃子は欠席だった。そのときはまだ、体調でも崩したのかと思っていた。
だが、授業が終わってからかかってきた電話の内容を聞いて、私は凍りついた。
「うちの・・・瑠璃子が、昨日から家に帰ってないんです・・。そちらへ行ってませんか・・・?」
「え!? い、いいえ・・・。」
何だと。
失踪? いや、誘拐か?
三角先輩にこのことを話すと、昨日の夕方にも同じような電話があったという。
「どうしてそのとき・・・!」
「い、いや、そのちょっと前に十島瑠璃子本人から電話があったんだよ。ちょっと遅くなるけど心配するなと母に伝えてくれと・・・。」
「・・・・・・!」
「いや、おかしな話だと思ったんだけどね。何で母親に直接連絡しないのかなって・・・。」
確かに三角先輩の言う通りだ。私もすぐにおかしいと思った。


先輩と相談して、私は十島の家に向かった。
ごく普通の7階建てのマンションで、彼女の家、410号室を訪れると、中から慎ましやかな振る舞いの中年女性が顔を出した。
あまり十島瑠璃子と似てない、丸い感じのおっとりとした印象の人で、着ている服も派手すぎず地味すぎず、彼女によく似合っていた。
目はどんよりと曇っており、表情は疲れを見せていた。娘を心配するあまり、心労で老け込んだのだろう。
「あの、三角高校で瑠璃子さんを教えている九古と申します。」
「ああ・・・。」
彼女はそう言うと、私の胸にすがって泣き崩れた。
「先生・・・うちの瑠璃子が・・・瑠璃子が・・・!」
「お、落ち着いてください。とにかく警察に連絡を・・」
すると彼女は私の腕を強く掴んだ。
「駄目です!」
「え?」
「・・・下手に警察なんかに知らせたら、瑠璃子の命は・・・!」
「・・・・・・。」
まだ誘拐と決まったわけでもないのに。
娘を心配するあまり気が動転しているのだろう。
しかし考え物ではある。安全を考えるなら警察を頼る方がいいのかと言われると、返答に困る。
「わかりました。だからまずは落ち着いてください。」
「はい・・・。」
彼女はハンカチを出して目の辺りを拭うと、私を家の中へ招き入れた。

どうやら落ち着いたようなので、ソファーに座って彼女に話を聞いた。
「・・・すると、“6時半頃に家に帰る”と連絡があったのが、本人からの直接の最後の連絡だったんですね?」
「はい。」
「それでそのすぐ後に、うちの理事長を通じて連絡があった・・・。」
「そうです。ちょっと遅くなるけど心配しないでって・・・。」
「・・・今の段階では誘拐か失踪かわかりませんが・・・。どこか、もしくは誰か心当たりは・・」
すると、そのとき電話が鳴った。
彼女は慌てて受話器を取った。
「え・・・はい、そうです、十島です。・・・・え!?」
彼女の顔色が変わった。
ただならぬ気配を察知して私は思わず立ち上がった。
「さ・・・3000万円・・・!? う、うちにはとてもそんなお金は・・・・。・・・・そ、そんな・・・。る、瑠璃子の声を聞かせて! ・・・ああ、瑠璃子・・・! ・・・・・・。」

恐ろしい電話が終わって、私は内容を尋ねた。
もっとも、訊くまでもなく脅迫電話だとわかっていたが。
「・・・身代金3000万円・・・。十島さん、私は学校にかけあってみます。そちらでもなるだけカネを集めてください。」
「は、はい・・・。」
そして私は学校へ取って返した。


学校では三角先輩が不安げな顔で待っていた。
「・・ど、どうだった、九古くん・・・。」
三角先輩のオロオロ顔。くーっ、萌える。・・・などと呑気なことを思っている場合ではない。
「最悪ですよ。誘拐です。十島家は身代金3000万円を要求されました。学校側は、どのくらい出せます?」
「け、警察には知らせたのか?」
「いえ。十島の母親が拒否したので。」
「そ、そうか・・・。」
三角先輩はホッと一息ついた。学校の責任者としては、警察沙汰はまずいだろうからな。
「で、どれくらい出せます?」
「う・・・200万円だ・・。」
「安すぎますよ! 十島の家は母子家庭で、ろくにカネなんか無いって・・・。」
「だ、大丈夫。こういうことでは犯人との交渉で値切れるもんだ。」
「交渉も糞もないですよ! 受け渡しは今日の夜なんです。さっきのが最後通告なんですよ・・・。」
「そ、そんな・・・。早すぎじゃないかね・・・?」
「・・・・。それが誘拐犯どもの狙いですかね。切羽詰っていたら小細工は出来ない。」
十島を狙ったのも、おそらく同じ理由だ。なまじっか金持ちの家を狙うと、策動される恐れがある。
「・・・うう・・・。と、とにかく、今日中に用意できる金は50万円くらいしかないぞ。・・・そ、そうだ、新聞紙の束で・・・。」
「それも封じられてます。十島の開放はカネを確認してからだそうです。」
「うう・・・3000万が50万じゃ、犯人は納得せんだろうなあ・・・。十島の母親は、どれくらい集められそうだ?」
「さあ・・・闇金とかへ行けばどうでしょうね。」
「闇金でも3000万は無理だな。殆ど財産が無いんだろう?」
「ええ。」
相槌を打ちながら、私は三角先輩の言動が半分はポーズであることに気付いた。
今の一瞬、彼の冷酷な一面を見たような気がした。
「集められるだけ集めて、受け渡しのときに交渉か・・・。」
「そうですね・・・。」
私は溜息をついた。一家庭じゃあるまいし、私学の理事長が50万しか用意できないはずはない。
しかし、ここで三角先輩に何かを言っても詮無きことだ。今回は学校の管理責任ではない。本来ならビタ一文だって出す義務は無い。たとえポーズでも50万のカネを出す先輩は善良な方だ。
「・・・・・・・・・。」
ならば、私が個人的に補うしかない。何か手は無いのか。私が十島にしてやれることは何も無いのか。
そう思いながら私の意識は泥濘の中へと沈んでいった。
「お、おい、九古くん!?」
先輩に体を揺さぶられて、私は正気に戻った。
そうだ、諦めるな。私の力ではどうにもならなくても・・・。

私は科学人間だ。だから“彼女”に頼ることには正直ためらいを感じる。
だが今は藁にでもすがりたい。私は人気の無くなった教室で、あの長ったらしい番号をプッシュした。

070−38−197169399375105824974944592307816

トゥルルルル
意外にも、たった5回のコールで繋がった。
「こんにちは! 私サトリン! あっ、この番号は九古くんね?」
あの甘ったるい声が聞こえてきた。
「ああ、久しぶりだな。単刀直入に言うが、頼みがある。十島瑠璃子という女の子を助けて欲しい。」
「○×(まるばつ)リコちゃん? リコちゃんがどうかしたの?」
やっぱり知ってたか。これなら話は早い。
「彼女が誘拐された。」
「!」
「知らなかったのか?」
「の・の・の・の〜、連絡つかないからどうしたのかなーと思ってたら、そんなことになってたの!?」
「そうだ。お前の力でどうにか出来ないか?」
「んんっん〜、私も何でも出来るってわけじゃないからね〜。」
だとしたら・・・やはりそうなのか。
私はある恐ろしい仮説を口にせずにはいられなかった。
「サトリン・・・・。」
「ん?」
「お前は、私の妄想なのか?」
そもそも、この世界はどこまでが真実なのだ?
私が精神科医に診てもらったことも、本当に現実か?
疑い出せばキリが無い。狂ってる者は自分が狂ってるということが認識できない。私はサトリンの声を紛れもなく現実だと認識しているが、これも私の妄想だとしたら?
するとサトリンは少し沈黙してから口を開いた。
「んんっん〜、私は九古くんの妄想じゃないけどー。今重要なのは、そんなことじゃないねー。どうやってリコちゃんを助けるか、でしょ。」
「ん・・・・。」
確かにその通りだ。だが妄想にそんな力は無い。サトリンが私の妄想の産物なら、私に出来ないことはサトリンにも出来ないはずだ。
「私の方でも出来ることはやってみるけどねー。九古くんの頑張りが何よりも大切だよ。君が頑張ることによって事態が好転するはずだからねー。じゃあねー。」
そう言って電話は切れた。
やはり妄想なのか。だから何も出来ないのか。
だが、とにかくやるしかない。どこまでが現実で、どこからが幻想なのかはわからない。それでも主観の命じるまま行動するほかない。
しかし、何もアイデアが思いつかないまま時間だけが過ぎていった。やはり現実は思い通りにならないということか。逆に言えば、思い通りにならないからこそ、この状況が現実だとわかるわけだが。
十島の母親ともまた話をしたが、カネは預金通帳を全て引き下ろしたが3000万円には程遠いという。
そこで三角先輩が苦肉のアイデアを出した。カネは新聞紙の束で偽装し、受け渡した後に相手を尾行して十島を奪還するというものだ。
もちろんその場で確認されたら終わりだし、アジトへ行っても上手く奪還できるとは限らない。下策も下策。
だが、それ以外に方法を思いつかなかった。

深夜1時。私は受け渡し場所の近くで早めに来て潜んでいた。そろそろ十島の母親と三角先輩がカネを持って現れる頃だ。
私は微動だにしなかった。同じ姿勢で長時間いるのは苦痛だったが、十島を助けたいという思いが私を励ましてくれた。
そして、間もなくして2人がスーツケースを持って現れた。

それから30分が過ぎた。
まだ犯人は現れない。どこかで様子を窺っているのだろうか。
犯人は受け渡しの時刻を1時半頃とした。もう10分か20分くらい待ってもいいだろう。
そう思っていたが、2時になっても誰も現れなかった。三角先輩も十島の母親もオロオロしている。暗くて顔はよく見えないが、辺りをキョロキョロと見回していて、手や足をソワソワと落ち着きなく動かしている。私も顔を青くして、その様子を見ていた。
こちらの計画に勘付かれたのか。それとも犯人側で何かトラブルがあったのか?
それから更に1時間が経過して3時になった。
どうするべきか。出て行くべきか。いや待て、犯人側の罠かもしれない。そう思うと動けなかった。

そして4時になった。私は辺りを見回しながら、そっと出てきて、憔悴した2人のところに小走りで駆け寄った。
「まだ犯人は現れませんか・・・。」
「ああ、これはおそらく犯人側で何かトラブッたのだと思う。手分けして探そう。十島さんは警察に連絡してくれ。」
「は、はい。」
結局は警察を頼るハメになったか。しかし何だろう、何か引っかかる。警察に連絡・・・。
いや、それを考えている暇は無い。
私たちは三方へ散った。手がかりは何も無いから勘を頼りに探すしかない。何と情けないことか。
私の力は微力だ。人間1人が出来ることなど、たかが知れている。だから警察に任せた方がいいのだろう。最初から強引に警察に連絡していれば良かったのだろう。
だが、何かをしないではいられない。今でもそうだ。弱さを理由に何もしないでいたら、敗者に成り下がる。

やがて頭がぼんやりとしてくる。寝てないせいだ。
私は半ば無意識的に、機械的に足を動かしていた。
そうするうちに、開けた田舎道に出た。
いつの間にこんなところに来てしまったのだろう。
辺りには人気は無く、50メートルくらい離れたところにボロい小屋と古びたトラックが見える。
もしやと思って近付いてみた。
中から呻き声が聞こえる。
そっと中を覗いてみると、あちこちに黒いシミが飛び散っていて、その中で十島がロープで縛られていた。
「十島!?」
私は思わず声を出してしまった。慌てて口を塞いでも後の祭りだ。
しかし返ってきたのは、十島の声だけだった。
「ふぇんふぇい!?」
猿轡を噛まされているようだ。
とにかく、良かった。生きていた。
他に人がいる様子は無い。私は急いで中に入った。

ドンッ

足に何かがぶつかった。
「ん?」
見ると、男が2人、血まみれで転がっていた。
「うわっ!?」
何だ、これは!
血は既に乾いていて、ドス黒くなっていた。
男2人はその中で微動だにせず、恐ろしい形相で目を開いて横たわっていた。

だが、とにかく十島が先だ。死体などは物体に過ぎない。見なければ、触らなければ、恐くなどない。
私は彼女の猿轡を外して、手足のロープをほどいてやった。
転がっている男2人、おそらく犯人たちは、仲間割れでもしたのだろう。互いの手にナイフを握っており、何箇所も刺し傷があった。あまり見たくない光景だ。
しかし、とにかく十島が助かって良かった。
「良かったよ十島、お前が無事で・・・。」
すると十島は私の胸にすがりついて泣いた。
「うえーん、恐かったよお・・・。」
私は十島の頭を撫でてやった。私に娘がいたら、こんな感じだろうか。
しばらく泣くと十島は私の腕を掴んで自分の腕を伸ばし、私の顔を見つめて微笑んだ。
「ぐすっ、でも私、諦めなかったよ。先生が助けに来てくれるって“わかってた”から。へへっ。」
そう言って十島は涙を拭った。
ちくしょう、可愛いこと言うぜ。
思えば小柄ながらスタイルも良くて、いわゆるトランジスタ・グラマー・・・いやいやいや、浮気なんかしないですよ?
私は妻以外の人間に手は出しませんとも。妻に誓って。
「さあ、帰ろうか。お母さんも心配してたぞ。」
私は十島を促した。
すると彼女は何故かピクッと身を震わせて足を止めた。
「・・?」
「・・・母さん・・・・母さんか・・・・。」
その顔は暗く曇っていた。声もさっきまでの調子ではなかった。
そして彼女の右頬の十字の痣が鮮やかな赤い色になり、プッと音がして血が吹き出したのだ。
「十島・・・?」
「・・・・・・・。先生、私ね、もうすぐ引っ越すの。だから、いったん、お別れ。・・・でもね、また会える。だって先生と私は深い絆で結ばれてるんだから!」
そう言いながら十島は、泣きそうな顔で笑い顔を作った。



十島瑠璃子が母親に虐待されていたことを知ったのは、彼女が引っ越した後のことだった。
母親の話が出たときに彼女が暗い顔をしたので、親子関係が上手くいってないのだとは思っていたが、まさか虐待とまでは考えていなかった。
十島の母親よ。あんた外面は良いんだな。
もしかして今回の誘拐事件、あんたが仕組んだことじゃないのかい?
そう考えれば、いろいろ引っかかっていたことが腑に落ちる。十島は知っていたのだ。
代理ミュンヒハウゼン症候群。欲しかったのは同情か?
警察沙汰になったことで、三角学園には連日のように記者が押しかけてきて、シャットアウトに苦労した。過労で倒れた教職員もいるし、三角先輩は心労で数日ダウン。こんな危ない学園に子供を置いておくわけにはいかないと言って転校させる親もいた。大打撃だ。

可哀想なのは十島だ。また会えると言っていたが、そのときは微力ながら助けになってやろうと思う。ついでにサトリンとの因果関係その他も訊けるしな。
しかし結局、今回の事件で、私はサトリンが実在するのか私の妄想なのか、またわからなくなってしまった。もしも私の妄想だとすれば、おそらく十島は、そのことも知っているのだろう。
いったい私はサトリンが実在するのか妄想(または二重人格)なのか、どちらを望んでいるんだ?
科学人間としては後者を選びたいが、実のところ私は超自然的なものに心惹かれる気質を持っている。
サトリンは実在するのか、しないのか。どちらにしろ、その正体を掴まないことには私の精神の安寧ははかれないという気がする。
超能力というものは、もし存在するならば、どんな些細なものであっても私のような人間には大きく影響を与える。自分の信じているものが根底から崩されたとき、人は現実と虚構の区別がつかなくなるのだ。
もしも真に超能力なるものが存在するとしたら。
紛うことなきその存在事実を突きつけられたら。
私はどうするだろう。
戦うだろうか。
逃げるだろうか。



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「サトリン」 第二話 少女と丸十字 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
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