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zoom RSS 「サトリン」 番外編 不思議のメール

<<   作成日時 : 2016/09/09 00:55   >>

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件名:元気出しなよっ!

本文には何も書かれていない、差出人不明のメールが送られてきたのは、1987年6月。わたしが高校三年生のときのことでした。
わたしは成績が悪く、一年生と二年生を2回ずつ繰り返していました。その度に、いえ、テストで平均点を下回る度に、親から叱られました。高校生にもなって親から成績のことで叱られるのは、情けなくて屈辱でした。
三年生も2回になるようなら勘当するぞと脅され、わたしは鬱々とした気分で1学期を過ごしていました。何とか中間テストは乗り切ったものの、すっかりくたびれていました。
メールが届いたのは、そんなときでした。
不審に思うよりも先に、嬉しさがありました。今まで、こんなことを言ってくれる人はいなかったのです。
たった一言で救われることって、ありますね。悪戯とも思えませんでした。いえ、悪戯でもよかったのです。とにかく、わたしは救われました。
それで1学期を乗り切ることが出来たと言っても過言ではないでしょう。その間に、わたしを先輩と呼んで慕ってくれる後輩も現れました。九古鈍郎(くこ・どんろう)という、ちょっと変わった名前です。わたしの三角龍馬(みすみ・りょうま)という名前も、よくある名前ではないでしょうけれども。
正直わたしは、自分の名前が嫌いなのです。かの坂本龍馬のように立派な男になれという願いを込めて付けられた名前ですが、荷が重いですね。
立派な男って、何でしょうね。男らしさって、何でしょうね。
そういうことを九古くんに言うと、彼は吐き捨てるように言いました。
『少なくとも、三角先輩を苦しめる程度には醜悪な概念だと思いますね。』
『相変わらず、敵を作るような物言いをするんだね、君は。』
『私が敵を作ってるわけじゃないですよ。愚劣な輩が勝手に私の敵になっているだけでしょう。』
『なるほど、そういう見方も出来るか・・・。』
『ククク、これだから三角先輩は信用できるんですよね。私が少々過激な物言いをしても、無下に否定しない。』
今まで彼の周りには、彼の言うことに耳を傾ける人がいなかったのでしょうか。
皆無だったとは思えないですが、かなり少なかったのではと思います。
いつもピリピリとした雰囲気で、目つきも悪く、友達がいないようでした。けれどそのことが、ダブりで敬遠されて、同じく友達のいないわたしと仲良くなることに繋がったのかと思うと、世の中そうそう悪いことばかりでもないと、ガラにも無く思ってしまいました。
思えば、あのメールが来てからというものの、ちょっと幸せになったような気がします。
幸福の妖精の仕業なんて、ちょっとメルヘンじみたことも考えました。

夏休みに入って、わたしはお見合いをすることになりました。
私立高校の理事長をやっている父親が、良い縁談を見つけてきたとかで、有無を言わせずでした。
そのときの悔しさ、悲しさは、忘れることがないでしょう。品定めでもするかのように見られ、溜息をつかれたとき、ズキッと心が痛みました。
結婚して、女房子供を養い、守っていく。それが出来て男は一人前だと、よく父は言っていました。母は、社会的義務だと言っていました。
それでは、それが出来ないと、男として価値が無いのでしょうか?
気が付けば、わたしは九古くんに漏らしていました。
『・・・お見合い、失敗したよ。』
詳細を聞かせると、九古くんは目玉を揺らしました。
『まるで家畜の世界ですね。』
彼は抑え気味に呟きました。それから、黙りこくって、時折口を開いたりしていました。何と言ったらいいかわからなかったのでしょう。そんなときが、わたしにもあります。
あまりの怒りで、何を言っても胸糞悪い。そんなときがあります。
『・・・男の価値って、何だろうな。』
わたしが呟くように言うと、ようやく九古くんは口を開きました。
『力の強さ、高学歴、高収入、高身長・・・。いずれも、それを満たさない男を惨めにさせるものでしょう。だから、男としての価値を問う前に、人間としての価値を問うべきでしょうね。』
『人間として・・・。けれど、それも結局は満たさない人間を惨めにさせるものじゃないか?』
『・・・! なるほど、それは考えたことがありませんでした・・・。』
そう言って九古くんは考え込んでしまいました。
後に彼は、男らしさを追求する姿勢も否定するべきではないのだろうかと、一度だけポツリと漏らしていました。
けれど基本的なスタンスは変わっていないようで、そのとき同時に、苦しそうに俯きながら、こんなことを言っていました。
『しかし、女を愛せないのは男じゃないとか、女を守れないのは男じゃないとか、そういうことをほざく奴は何様なんでしょうかね? 私はね、男に守ってもらえなければ生きられないような女が、大嫌いなんですよ。』
数年後に彼は、自衛官の女性と結婚しました。わたしは、彼らしいなと思いました。
しかし、当時わたしと彼は反戦平和運動をやっていたのですが、そのときの仲間たちは九古くんを非難しました。彼の妻に対しても、嫌がらせがあったそうです。それで彼は、反戦平和活動に嫌気が差したと言っていました。
わたしも、やがて活動から遠ざかり、三角高校の跡継ぎとしての道を自分の選択として受け入れました。

三角高校の理事長になると決めて、またしても結婚の問題が持ち上がってきました。
お見合いは一度で懲り懲りだったので、わたしは合同コンパなるものに参加してみることにしました。
大学時代の後輩に火野和夫(ひの・かずお)というハンサムボーイがいて、彼の紹介でパーティーに行きました。
自分から進んで行動するということで昂ぶっていたのか、やけにめかし込んでしまったのを覚えています。
結果は、お見合いのときと同じようなものでした。
刺々しさが和らいでからの九古くんは、品定めも悪と断じるべきではないのかもしれないと言っていましたが、それはそうだとわたしも思いましたが、やっぱり、辛いですね。実際やられてみると、息苦しいです。
わたしのアドレスを登録する女性はおらず、わたしにアドレスを教えてくれる女性もいませんでした。
結果を報告すると、火野くんは驚いて、そして謝りました。
『すいません、力になれなくて・・・。』
彼の、申し訳なさそうな顔が、見ていて辛かったです。
けれど、そのとき。
わたしはハッとしたのです。
家に帰って、わたしは鏡を見てみました。
若々しい火野くんと比べて、わたしは・・・。
火野くんとは、たった1歳違うだけだというのに。
わたしは気付いてしまったのです。自分が老いているということに。皺がある。あちこちに皺が。深い皺が。
火野くんは、あんなに若々しいというのに。
若返りたいと思いました。火野くんの若さを自分のものにしたいと思いました。
そんなことを考えながら、わたしはナイフを買っていました。
このナイフで火野くんの顔の皮を剥いで、わたしの顔の皮と入れ替えようと思いました。
火野くんが紹介したパーティーのせいだから、火野くんが責任を負うべきだと、メチャクチャな論理に支配されて、わたしは夜中に家を出ました。
ナイフを懐に忍ばせ、火野くんの家を目指しました。

警官に呼び止められたらどうしようと思いながらも、わたしは歩き続けました。
もしも、その警官が若かったら、顔の皮を剥いでやろうかとも考えました。そう考えると、むしろ警官に呼び止められたくて仕方ありませんでした。
しかし呼び止められることはなく、わたしは火野くんの家の前まで辿り着きました。
中では、彼と妻や娘の楽しそうな声が響いています。わたしは玄関へ向かいました。
メールが届いたのは、そのときです。
わたしは我に返って、携帯電話を取り出しました。

件名:元気出しなよっ!
本文:こんばんは、三角くん。君は今、何をしているかな? 辛いことや悲しいことが多くて、くじけそうになってないかな? 私が少しでも三角くんの悲しみを取り除いてあげられたらと思ってメールしたよ。頑張っても、どうしようもなく、苦しいとき、困ってるとき、君のことを大切に思っている人のことを思い出してみてね。

涙が溢れてきました。
わたしは大声で泣いていました。
聞きつけた火野くんや近所の人が、何事かと駆けつけてきましたが、それにも構わず泣き続けました。
落ち着いたときには明け方になっていました。
火野くんに送り届けてもらって、わたしは家に帰りました。
ナイフのことは言えませんでしたが、彼は何となく気付いているようでした。
それから彼には会っていません。



21世紀になり、わたしも老けました。30代だと言っても誰も信じないでしょう。
晴れて三角高校の理事長になりましたが、父のように上手くやれませんでした。失敗続きで、とうとう授業計画に穴が開いてしまったのです。
途方に暮れるわたしの頭に浮かんだのは、九古くんのことでした。講師を頼めないかと言うと、嫌な顔ひとつぜずに引き受けてくれました。
しかし、時を同じくして不幸な事態が起こりました。生徒の1人、十島瑠璃子さんが誘拐されてしまったのです。
誘拐犯は仲間割れで死亡し、結局は警察沙汰になってしまいました。内輪で収めようとした罰が当たったのかもしれません。所詮わたしも、生徒の命よりも学園の方が大事な俗物だったのです。
何故もっと早くに警察へ知らせなかったのかと、厳しい追求がありました。学園は混乱し、退学する生徒もいました。
九古くんは、あの誘拐は十島さんの母親が仕組んだものではないかと言っていましたが、そのときには母子ともども雲隠れしていました。
わたしは疲れが祟って寝込みました。
まったく、情けない理事長です。
わたしなどは学園の理事を務められる器ではないのです。申し訳ありません。
誰にともなく謝っていると、時を計ったようにメールが届きました。

件名:元気出しなよっ!
本文:こんにちは、三角くん。学園が大変なことになってるって聞いたよ。三角くんは頑張り屋さんだから、頑張りすぎて倒れてないか心配だな。もしかして、こんなことになったのは自分のせいだとか、これは自分への罰だとか思ってない? だったら、それは違うからね。手に余ることを出来なかったからといって、罰せられることはないんだよ。リコちゃんのことも心配しないで。私の方で何とかするから。それよりも三角くんには、大切な使命があるの。いずれ九古くんは、重大な局面に遭遇することになる。そのとき、力になってあげて。

またしても、計ったようなメールでした。
心を見透かされているのに、不思議と恐いとは思いませんでした。むしろ、わたしのことをわかってくれているという安らぎのような心地良さがありました。
こんな、誰から送られてきたともわからないメール1つで立ち直るなんて、わたしも単純ですね。けれど、その単純さに今は感謝したいものです。
けれど、九古くんの遭遇する局面とは何でしょうか?
力になれるものなら、なってあげたいです。けれど、わたしなんかが力になれることって、あるんでしょうか?
いえ、きっとそのときになればわかりますね。
このメールを読んでいると、そんな気持ちになってくるのです。




   不思議のメール   完

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