佐久間闇子と奇妙な世界

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zoom RSS 「サトリン」 番外編 折れた十字架

<<   作成日時 : 2016/10/01 00:58   >>

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渇いた咽を潤そうにも、水道水では物足りない。
オレは咽が渇いていた。
事の始まりは、そんな理由だった。

子供の頃から貧困は、重苦しい荷物で、息苦しい。
ジリジリと灼けつくような中を、帽子も被らず歩いていた。
冬の間は自分の足が、まるで丸太ん棒のようにキシキシ言う。
オレは果てしない道を歩いている気がした。
道の先には、悪いものが待っている気がした。
とんでもなく大きな怪物の口の中に、歩いている心地だった。
立ち止まっていると恐さは大きくなり、振り向けば後ろから小さな砂が迫ってくる。
オレは前へ進まなければならないと思った。
前へ進みながら、このままでは破滅が待っていると思っていた。
オレの嫌いな言葉は、「なんとかなる」だ。
なんとかなるわけがない。なんとかならない。
「なんとかなる」なんて後ろ向きな言葉は、言うな。
「なんとかする」なら言ってもいい。
その思いは、今でも変わらない。

高校を卒業した頃は、まだ世の中が「なんとかなる」で満ちていた。
重苦しい汗を流しながら、賑やかで騒がしい声を聞いていた。
思い荷物を運んでいる横を、楽しそうな人々が過ぎ去っていく。
その先にあるのは、とんでもなく大きな怪物だ。
オレは一足早く、その中に飛び込んでいた。
からっからに乾いていた。罅割れは心臓まで達しそうに思えた。
飲み物が欲しくて、自販機に小銭を入れた。
後で同じ飲み物が、10円安く売っている自販機を見つけて、嫌な気分になった。
こんなことでショックを受けている自分が嫌だった。
たかが10円で、心が揺れている自分が、小さくて、情けなかった。
このままでは駄目になる。もう駄目になっているのかもしれない。
些細な傷口から、今まで堆積していた土砂が噴き出す。
それに抗う努力もせずに、オレは目に付いた家に侵入した。
鍵がかかっていなかったのは、家ではない。オレの心だ。
古本屋で立ち読みした小説で、心の錠前に鍵をかける描写が印象深く残っている。
溢れ出したら、どうにもならないから。

オレは人を殺した。

人を殺して、涙が出てきた。
肉を貫いた感触は、すぐに消え失せて、何も残らない。
人を殺したというのに。人を殺したというのに。オレは何も感じてない。
たかが10円に一喜一憂しておきながら、人殺しに無感動。
終わっている。人間として終わっている。
このままでは駄目になる。もう駄目になっている。後者だ。
もう駄目だ。
もう駄目だ。
人を殺した。
人を殺して、何とも思わない。
可哀想だとも、警察に捕まる恐さも。
死刑になってしまえ。オレは死ぬべきだ。

わざわざ人の手を煩わせるのも億劫だ。死にたい。自分で死ねばいい。
何も食わず、何も飲まず、ゆっくり死ねばいい。それが相応しい。
穏やかな春の日差しの下を、オレは家に戻って、そこで横になった。
警察がやって来るかもしれない。そしたら大人しく捕まろう。
そう思って。
いきなり恐怖が押し寄せてきた。
捕まるのが恐いのか。死刑を恐れているのか。人を殺した罪悪感か。
どうにも言い切れない、ただ恐いという感情だけが、めまぐるしく回転している。
とんでもなく大きな怪物が、ゆっくりと自分を胃液で溶かしている。
丸呑みされて、湿った胃袋の中で膝を抱えている。
ジメジメと暑苦しい。窓を開けたら、涼しい風が入ってきた。

「あなたがサトリン様に選ばれた五人目の戦士かしら?」

彼女は凜とした声で、うずくまったオレの手を引いた。
ポカンとしていると、彼女は強い力でオレを立たせ、引いた手を握り締めた。
「わたしは第三の戦士“アインストール”! 十億哩の預言書に従って、あなたを迎えに来たわ?」
20代前半と思しき彼女は、七村七美と名乗った。
天使か、女神に見えた。


- - - - - -


「え、死ねば?」

何が何だかわからないままに、オレは七美に連れられて、マンションの一室へ来ていた。
そこで30過ぎの精悍な男が、第二の戦士“ガーディアン”と名乗る。
自分たちは第一の戦士“サトリン”の下に集い、人助けをしている組織だという。
そこにオレをスカウトした・・・そういう趣旨だった。正直わけがわからない。
いや、慈善団体なのは理解できた。だけどどうしてオレなんだ。
人殺しのオレが人助けなんて、そんな資格は無い。オレは死んで当然なんだ。
まくし立てたオレに対して、七美は腕を掴みながら言ったのだ。
「そんなに死にたいなら、死んだらいいんじゃないかしら? 死んで欲しくないなんて、わたしは言わないわ?」
強い力で、オレの腕を掴んでいる。まるで、逃げるのは許さないとばかりに。
これでは、言う通りに死ぬことなんて出来そうにない。
いや違う。彼女のせいにするな。彼女は「死ね」なんて言ってない。死にたいのはオレだ。
「いい考えがあるわ。サトリン様に命を捧げなさい。逃げるなんて許さない。サトリン様の為に死んで?」
「サトリン様の為に・・・。」
慈善団体などではなく、怪しげな新興宗教なのだろうか。
ああ、それでも構うまい。オレは頷いていた。
「いいわよ、あなた大事なことわかってる。罪を償いたいなら、生きて苦しむのよ。今すぐ死ぬなんて、そんな楽な道は選ばせてあげない。いいわね?」
「あ、ああ・・・はい・・・。」
「命は捨てるものではなく、使うもの。そのときが来るまで、あなたに死ぬ権利は無いわ?」
「わ・・・わかった・・・。」
「死ぬなら、サトリン様の為に戦って死んで?」

その日からオレは、別人として生きることになった。
今までの名前も捨てて、五留吾永須の名を付けられた。

死んで楽になろうだなんて、オレは甘ったれていた。
人を殺したというのに、自分だけ楽になろうだなんて。
いつか、オレが殺した人の家族や友人が、復讐しにやって来る。
そのことに怯えながら過ごすのが、最低条件だ。
人に尽くす生き方をしよう。死にたくないと思えるような生き方をしよう。
死にたいと思っているままで死ぬのは、ただ楽したいだけだ。
生きたいと思うからこそ、復讐される恐怖が大きくなる。まずは、そこからだ。
自暴自棄な人生などに、生きる価値も死ぬ価値も無いのだから。

だけど、ひとつだけワガママを言わせてもらう。
オレが死ぬときは、サトリン様の為ではなく、七美の為に死にたい。


- - - - - -


劣等感というものがあるのなら、それを心底から味わったのは、20歳の夏だった。

第一の戦士“サトリン”。
第二の戦士“ガーディアン”。二葉蒼志。
第三の戦士“アインストール”。七村七美。
第四の戦士“アプリケイション”。桐札零一。
第五の戦士“トランジスター”。五留吾永須。

5人の電脳戦士が一堂に会したのは、夏の暑さも増してきた頃だった。
1990年の6月、オレは桐札零一に出会った。最初の印象は、強いハンサム。
それは彼の断片に過ぎないことは、じきに嫌でもわかってしまった。
「君が、永須くん? 俺は桐札零一。これからよろしく!」
握手した手の温かさから、彼の人柄が伝わってくるようだった。
あまりに眩しくて、オレは彼の目を真っ直ぐ見られなかった。
「よ・・・よろしくだべ・・・。オラが、どれほど力になれるかどうか、わからないけど・・・」
「大丈夫さ。俺が“なんとかする”さ。最初から何でも出来る人なんて、いやしないんだ・・・。」
そのとき彼の表情に、翳りが見えた。
いや、それよりも。「なんとかなる」ではなく「なんとかする」と言った。
オレは彼を好ましく思った。同時に、敵わないとも。
「“電影作為”(ブラウザクラフト)。永須くんの潜在能力を目覚めさせる。」
「・・・これ、は!」
自分の中に、不思議な力が漲っているのがわかった。
集中してみると、両手に刺青のような紋様が出てきた。
「“正否聖痕”(スティグマータ)。君の能力名です。」
二葉さんに言われて、オレは信じられない気持ちだった。
「じゃ、じゃあ、みんなも・・・能力を?」
「そうです。僕の能力は“電子防御”(プロテクト)。戦士全員に防御壁を張ることが出来ます。」
「わたしの能力は“人格消去”(マインドデリート)。つらい記憶を忘れさせることが出来るわ?」
「俺の能力は“電影作為”(ブラウザクラフト)。状況に合わせて様々なことが出来るのさ。」
「オラの、能力は・・・これは、未来が見える?」
そのとき、コンピューターから声が響いてきた。
七美の声を明るくしたような、凜としながらもメルヘンチックなソプラノだった。
《ん・ん・んんっん〜♪ 初めまして、私サトリン!》
コンピューターの画面は幾何学模様が映っていたが、そこからニュッと細い手が出てきて、テーブルを掴んだ。
続いて出てきたのは、可愛らしい顔立ちをした、帽子を被った少女だった。帽子・・・。
灼けつくような道の記憶が、帽子で涼しくなった。
《いよっと、あ、狭いな、これ。抜けないよ〜?》
「姫様、出てくるならメインコンピューターからにしてくださいと、いつも言ってるでしょう。」
そう言いながらも二葉さんは、彼女の腕を引っ張ろうとする。だが、抜けない。
《いたたたた、痛い、痛いってば〜!》
「仕方ない、なんとかしよう。“電影作為”。」
すると少女の肉体が湾曲し、ねじるようにして画面から出てきた。
《の・の・の・の〜、私としたことが、せっかちさんだったな。自分の胸の成長に涙が出そうだよ、うるるん。》
出てきた少女は、服装は少年の格好だったが、体の曲線が隠せない。
《ありがとね、零一くん。そして初めまして、永須くん。私はサトリン。困ってる人の味方だよ♪》

自分の役割を理解していても、羨ましいと思う気持ちは消せないものなのだろうか。

《いくら零一くんの手助けがあったとはいえ、いきなり能力覚醒するなんて、凄いんだ。七美ちゃんの見る目は確かだね〜、よ、見る目のある女!》
「光栄です、サトリン様。・・・ですが、もう少し早ければと思わずにはいられないかしら?」
《・・・そうだね。ぐすっ・・・―――ねえ、どうして世界は、優しいだけじゃいられないんだろうね?》
「姫様、今は。」
《うん・・・わかってる。被害者への補償と、補助を。》
ズキリと胸が痛んだ。オレのしでかしたことの、尻拭いをしてくれているんだ。
満足に独り立ちも出来ない青二才。どうしようもなく恥ずかしい。
こんなオレなんかが、七美に釣り合うはずはない。
「変なことは考えるなよ、永須くん。今は俺たちに任せてくれ。永須くんが出たら、被害者感情を逆撫でしてしまう。」
「う・・・はい・・・。」
桐札さんの言う通りだった。オレに出来ることは何も無い。
「その分だけ、他で人助けをしてくれればいい。」
「・・・はい。」
涙が出そうだった。桐札さんの優しさは、オレを勇気づけてくれた。
なのにオレは、そんな彼に嫉妬している。最低だ。
“正否聖痕”(スティグマータ)で目にした未来は、オレを少なからず動揺させていた。
その動揺を出さないように頑張るのが、せめてもの努力だった。

「ねえ、零一。明日は空いてるかしら?」
「七美より優先する都合なんて無い。」

熱っぽく尋ねる七美と、照れながら答える桐札さんを見れば、2人の関係は一目瞭然だった。
七美は綺麗で、桐札さんは出来る男だ。お似合いの2人・・・なのに、つらい。心が苦しい。
これもオレに対する罰なのか。生きて苦しめとは、こういうことか。胸が焼けるようだ。苦しい。


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「ううっ・・・くっ・・・はあっ・・!」

14年も前の夢を見ていた。
ジリジリと胸を焦がされる、夏の日差しより突き刺さる嫉妬の炎。
未だにオレは、七美にどう接していいかわからない。
人として恥ずかしい真似は出来ない。だが、側にいると感情を抑えられない。
またオレは、逃げたんだ。逃げて、逃げて、この街まで来た。
拒絶したわけではなく、定例会議では会っている。それがオレの限界。
ふ・・・無様だ。“ガーディアン”にプロテクトをかけてもらう価値が、オレなんかに・・・。

男の子が転んで怪我していたので、オレは“損傷引受”(ダメージシフト)で傷を引き受けた。
もう“正否聖痕”(スティグマータ)は使えない。未来を見ることは出来ない。
オレに桐札さんの代わりが務まるはずもない。
この街に巣食う連中だって、追い払えるかどうか。
ああ、駄目だ、弱気になっている。ここでオレが挫けたら、あの男の子はどうなるんだ?
ならず者たちが街の有力者と手を組んで、好き放題に暴れている。それを見過ごすのか?
しっかりしろ、サトリン様の為でなくとも、七美の為でなくとも・・・命を使わなくてはならないときがある。

《る・ら・ら・ら〜、お休み言うなら今のうちだよ? 私はイヴィル。》

不気味な声が聞こえてきた。

気が付けばオレは、十字架に括られて身動き出来なくなっていた。
何が起こったのか覚えていないが、思い出そうとすると嫌な気分になる。
何か不気味が声が聞こえてきたんだ。それから・・・。それから?
“ガーディアン”のプロテクトのおかげで痛みは無いが、この状況はマズい。
あと2,3時間もすればプロテクトが解けてしまい、オレは殺されるだろう。
命を捨てるのでもなく、命を使うのでもなく、命を奪われるのか。ここで死ぬのか。

《ん・ん・んあっん〜♪ 加害者が更正したら、被害者はどんな気持ちになるかな?》
《ねえ、喜ぶと思う? そうかな? どうかな?》
《加害者が人から褒められるような立派な人物になっちゃったら、被害者はどう思うかな?》
《自分を不幸にした奴が、人から称えられているのを知ったら、どういう気持ちになると思う?》
《ねえ、今どんな気持ち? ねえ?》
《人を殺してから何日で笑えるようになった? 何年で記憶が薄らいだ?》
《自分の罪を思い出さなかった日が、今まで何日あるのかな? あはっ♪》
《ねえねえねえ、もしもしもし? 君が殺した人の家族が、どんな人生を送ったか、教えてあげようか? じゃん♪》
《補償とか? ねえ、そんなもの? 遺族の手に渡ったと思ってる、ねえ? 本当に?》
《渡っていても、救いになった? ねえ本当に、ねえねえねえ?》
《君が殺した女の夫は、子供を虐待するようになった。》
《虐待された子供は、消えない心の傷を叔父に負わせた。》
《ねえねえねえ、もしもしもし? これって素敵な負の連鎖だよね? 歓迎するよ、私はね?》
《私はイヴィル。狂ってる人の味方だよ。これも言うのは何度目かな? またすぐに忘れると思うから?》
《折れた十字架は戻らない。君は神の子ではなく、人の子でもない。罪の子だよーーーーー♪》

まどろみの中で、不気味な声がオレに突き刺さってくる。
生きる気力を根こぞぎ奪い取るような、邪悪な響きだった。



「助けに来たぞ! 永須!」

初めて聞くのに、どこか懐かしいような声だった。
やって来た彼は、携帯ラジオから音楽を流し始めた。
「世界の萌えキャラ救う為ー♪遠い国からやってきたー♪ちょっと腐兄なイイ男ー♪」
音楽に合わせて、彼は軽妙に踊る。
「幻想の第七戦士、インビンス! サトリンに代わって只今参上!」
何が何だかわからず、オレは口を開けて呆けていた。
「テンション高いチュウ・・・。」
「どういうことなんだピョン・・・。」
「マキシマム・・・。」
同じく呆けた顔をしている3人は、語尾が変だ。
どういう集団なんだ。とても戦えるとは―――

「シ ネ」

ほんの一瞬だけ、その男はゾッとするような笑みを浮かべた。
初めて見るのに、何度も見てきたような、背筋が寒くなる表情だった。
そして広場は、ならず者たちの死体で埋まっ・・・死んだ、のか? こうも呆気なく?
「これが私の能力・・・。自分及び味方に対して敵意と攻撃意思を持つ者2人を、互いに殺し合わせて敵を殲滅する。・・・ゆえに、“Invincible”。」
この人も、超能力を?
そうか、サトリン様の名前を出していた。インビンシブル・・・彼が第七の戦士“インビンス”!?


- - - - - -


第六の戦士“ジャスミン”。
第七の戦士“インビンス”。
それが新たに紹介されたメンバーだった。
“インビンス”九古鈍郎には感謝しているが、同時に得体の知れない恐怖もある。
助けられていながら恩知らずだとは思うが、あの躊躇の無さは常軌を逸していた。
オレを助ける為に、ならず者たちを殺すことを厭わず、自分の命さえも天秤に乗せていた。
ならず者たちは重傷だが死者は無く、九古さんはオレが能力で傷を引き受けたが、それは結果でしかない。
九古さんの、迷いの無さが恐い。彼には恐怖というものが無いのだろうか?

「センセー、本当に九古センセーなの?」
「いかにも。」
「変わりすぎよ。センセーじゃないみたい・・・・。」
以前から彼を知ってるらしい、十島さんも、疑念を抱いているみたいだ。
ということは、これは電脳戦士になったゆえの変貌・・・?
戦士たるもの、戦いに恐怖は抱かないということなのか。そうなのか、本当に。
「今はそんなことはどうでもいいんじゃないかしら? いさかいは後よ。問題は、我ら十戦士を狙ったということは、ゆくゆくはサトリン様を狙うつもりだということ。」
「だから・・・偶然じゃないの?」
「・・・警戒するに越したことはないんじゃないかしら? あなたを疑ってるわけじゃないけどね。」
「それはそうね。」
「じゃあ誰を疑うんだ。プロテクトの詳細を知ることが出来るのは、我々十戦士だけじゃないのか。」
九古さんの言葉に、七美が焦りの表情を浮かべていた。何故?
オレの記憶は、ところどころ抜けている。
七美は何か知っているのか?

「“イヴィル”とは何者だべ?」

その問いを発したのは、もう少し後のことだった。


- - - - - -


いつか、こんな日が来ると覚悟していた。
あるいは待ち望んでいたのかもしれない。
所詮オレは、楽になりたいとしか思っていなかったのか。

「加害者が立派な人物になったら、被害者は悔しくて仕方ないでしょうね。」

いつかどこかで聞いた覚えのあるセリフを、九古鈍郎の口から再び聞くことになった。
オレは咽が苦しくて声が出なかったが、駄目だ、勘違いするな。苦しいのは被害者の方だ。
この何倍も何倍も、被害者は苦しんでいるんだ。
「知りたいことは2つです。千里さんに訊けば教えてくれると思いますが、私は永須さんの口から聞きたい。」
冷静な口調と態度が、逆に恐い。
それだけ深く深く怒っているのだ。
「まず、どうして当時、すぐに謝罪なり償いをしに来なかったのですか?」
「・・・っ、・・・・・・恐かった、んだ。オレ、は・・・七美たちに、何もかもやってもらって・・・楽してた。」
「そうですか。」
責められなかった。だが、それは失望されたことを意味していた。
九古さんの声は冷たく沈んでいて、オレは窒息しそうな心地になっていた。
「もうひとつは、舜平が被害者の息子だということは、前から知っていたんですか?」
「・・・いや、この会議で知った。」
「そうですか。」
また失望の声が飛んできた。
被害者の素性すら知ろうとしなかった、そんな臆病者だと突きつけられている。
「・・・九古さんっ!」
「はい。」
「お・・・オレに、失望しまし・・・・」
「・・・・・・。」
九古さんは、視線を足元に落として言った。
「今更なんですよね。」

「もしも、私たちを侮辱するような罪であったなら、許していたかどうかわかりません。」
九古さんは、静かに語り出した。
「ですが、千里さんの言う通り、これは社会全体が背負うべき罪です。永須さんが慎ましい人生を送ってきたことは想像できますし、それ以前は貧しい生活を送っていたことも察しがつきます。」
「だけど、それで・・・そんなものは・・」
「ええ、理屈ですよ。被害者の感情は、それでは納得しない。しかし逆に言えば、被害者が納得すれば通る理屈でもある。・・・正直、今更なんですよ。舜平のことだって、もう8年も前になる。妻と結婚する前です。」
「・・・・・・。」
「私は科学人間ですが、ひとつだけ神に感謝することがあれば、年月で負の感情が薄まるタイプの人間として生まれたことですね。邪戦士になるのを免れたのは、能力でガードしたからというよりは多分・・」
「オレを、恨んでないのか?」
「舜平はどうだか知りませんが、私が知ってる永須さんは、ならず者に立ち向かう英雄なんですよ。なので正直、戸惑っています。さっきの問いは私の本心ですが、どこか他人事みたいな言い方をしてるのは、そういうことです。」
戸惑っている?
この冷静な態度は、失望から来る拒絶の意思ではなくて、戸惑って言葉が見つからない状態なのか?
「楽になれとは言いません。これからも苦しんでください。ですが、社会の矛盾軋轢を、あなたが背負っていることも忘れないでください。言う人が少ないから私が言います。社会が悪い。社会が悪い。加害者に言う権利は無いから、私が言います。貧困が悪い。貧困を撲滅しなくてはならない。だから私は、反戦平和を唱えるだけではなく、明確に左翼になり、貧困を憎み、共産主義者になった。・・・だから、今更なんですよ。」
「九古さん・・・。」
奇しくも、かつて七美から言われたことと似ていた。
ようやく理解できた。彼を恐れていたのは、オレの後ろめたさだった。
この男は最初から、真っ直ぐだ。どこか桐札さんと似ているのかもしれない。
それならオレは、今度こそ守らなくては・・・。
「舜平に会ってやってください。」
「・・・はい。」


- - - - - -


<さとりんチャット>

イヴィル:あ〜あ〜あ〜、やだね〜、ヘドが出るね〜、お涙頂戴の茶番劇♪
サトリン:そんな言い方やめてよ! みんな必死に立ち直ろうとしてるんだよ?
イヴィル:あ、ん、んあっん〜? その“みんな”って誰のこと? ねえねえねえ?
サトリン:何が言いたいのイヴィルちゃん!?
イヴィル:そんなに怒らないでよぉ♪ 可愛い顔が歪んでるゾ♪ るらら、これって自画自賛?
サトリン:イヴィルちゃん、ふざけないで!
イヴィル:え? まあ別に、永須くん、鈍郎くん、舜平くんについては文句ないよ? でもでもでもね?
サトリン:殺された純さんや、妻を殺されて豹変した鋭郎くんのことを言ってるの・・・?
イヴィル:あれあれあれれ? まだ気付いていないのかな、お馬鹿さんだなサトリンは?
サトリン:イヴィルちゃんが何を言ってるのか、わからないよ・・・
イヴィル:それとも気付いてないフリをしてるのかな? 負の連鎖の末端に?
サトリン:・・・舜平くんが荒れて、不良になって、罪の無い人々に暴力を振るったこと?
イヴィル:ようやく気付いたの? 遅い・・・遅いよサトリン君、何か質問はあるかね? バキュンバキュン!
サトリン:それはこれから舜平くんが凜ちゃんと一緒に、償っていくことだよ。
イヴィル:“これから”って、いつのこと? どうして償いの予定を、加害者が勝手に決めるのかな? るるる?
サトリン:・・・イヴィルちゃんの言うことを、私は否定できない。
イヴィル:・・・・・・
サトリン:だけどイヴィルちゃんの行き着く先は、誰も幸せにならないことは知っているよ!
イヴィル:る・ら・ら・ら〜、それを言われるとイヴィルん困っちゃう♪ 困ってるから味方して?
サトリン:私は困ってる人の味方だよ。それはイヴィルちゃんであっても例外じゃない。だけど味方であるだけだ。
イヴィル:その心は?
サトリン:味方っていうのは、その人の全てを肯定することじゃない。その人を幸せにすることだ。
イヴィル:んっ、んっ、んあっん〜、ご高説どうも。つくづくヘドが出るね。救われない。
サトリン:負の連鎖は、どこかで止めなければならないんだよ!
イヴィル:止めてみろよぉ♪ 耐えるだけが美しい世界なんて、私が引き裂いてやるからよぉ♪
サトリン:耐えることを当然だとは思わない。理不尽に耐える人は癒されるべき。だから私たちがいる!
イヴィル:にゃはははは♪ セックスで奉仕でもするのん?
サトリン:なっ・・・///
イヴィル:なんて冗談だけど、冗談でもないんだな♪ ま、前哨戦はこれくらいにしとくけど、最後にひとつ・・・
サトリン:何かな?
イヴィル:鈍郎くんの言ったこと、信じた?
サトリン:・・・鈍郎くんが嘘ついたって言いたいの?
イヴィル:ん〜、あれはあれで彼の“本心”だろうけどね、だからこそ彼は言わなかったかな?
サトリン:・・・最初に言ったこと?
イヴィル:時間と共に恨みが薄れるからこそ、彼は永須くんを許したんだよ。そうでなかったら許さなかった。
サトリン:・・・何が言いたいの。
イヴィル:わかってるくせに〜♪ どうしても私の口から言わせたいなんて、サトリンはドSだね? サドリンだ♪
サトリン:鈍郎くんは許した。舜平くんも、自分も暴れた罪があるから許した。
イヴィル:だからそこは文句ないってば。だけど世の中には、そうでない人もいるって話してるんだー♪
サトリン:恨みを忘れられない人がいるって言いたいんだよね、イヴィルちゃんは?
イヴィル:あれ、その程度の認識なんだ? 薄まらないどころか増大するタイプがいるって言いたいんだけど?
サトリン:そういう人を癒すのが、私たちの使命だ!
イヴィル:じゃあ、癒せないほどに傷ついた人は、欠陥品なのかな? 癒す価値が無いの?
サトリン:違うよ! 癒せないなんて勝手に決め付けないで!
イヴィル:癒せるなんて勝手に決め付けないでよぉ♪ 狂気の淵に投げ込まれる暴言の多さも知らないで・・・
サトリン:だったら私が盾になる、壁になる、支えになる! 狂気の淵へは落とさない!
イヴィル:あは・・・その信念をメチャクチャに折り曲げて、心の奥まで狂気で冒してやりたいね?
サトリン:・・・っ///
イヴィル:またねサトリン、愛してるよ♪

イヴィルがログアウトしました





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2016/10/01 01:06

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