佐久間闇子と奇妙な世界

アクセスカウンタ

zoom RSS 「サトリン」 番外編 電脳の守護天使

<<   作成日時 : 2016/10/01 01:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

■■■■■



義妹と出会ったのは、小学生のときでした。

第一次世界大戦より前に生まれた父親は、昔気質の頑固者で、良く言えば筋が通っている、悪く言えば融通の利かない人間でした。若い頃は、何かと他人と対立し、諍いが絶えなかったと聞いています。
そんな父親が結婚したのは、朝鮮戦争が終わった後のことで、それから何年も経った1959年に、ようやく生まれたのが僕です。父親は喜びましたが、母親は喜びませんでした。母親は疲れていたのです。
母親との思い出は、幼い頃の数年間しかありません。決して自分を曲げない父親の姿は、子供心に憧れる部分もありましたが、それで苦労するのは母親でした。他人が何を言おうと気にしない父親と違って、母親は人の噂が嫌でも耳に響く、気の弱い人で、彼女が楽しそうに笑っていた顔を、僕は見たことがありません。

母親が神経衰弱で亡くなったのは、僕が小学二年生のときでした。
気落ちした僕は、反撃できない獲物として格好だったのでしょう、学校で暴力を振るわれることが多くありました。
そんな僕に対して、還暦も近かった父親は、格闘技を習わせました。最初は嫌で嫌で仕方ありませんでしたが、しかし父親も妻を亡くした悲しみに耐えていたのです。僕は母親の死について心の整理をつけられないまま、父親への尊敬から格闘技を練習し続けました。
父親は本当は、僕に格闘技を習わせたくなかったそうです。スポーツや格闘技をやっている人は、体の弱い人や身体障害者に対して、無神経で差別的な人が多いと言っていました。それは僕の実感としても合っています。
だから僕は、格闘技をやっていながら弱者に配慮のある人は、それだけで素晴らしいのだと思います。そういう人間になりたいと思い、格闘技を熱心に練習しました。狂ったように熱中しました。

父親からはケンカの極意も学びました。ケンカをするときは、自分か相手が死ぬ覚悟を決めろと。それが出来ないのなら、我慢しろと教えられました。ケンカの極意とは、決して争いを推奨するものではなく、争いとは軽々しく行うべきではない、死ぬか殺すかの覚悟を持って行うべきものだという、心構えなのです。
よく諍いを起こす父親の態度には疑問を感じながらも、この教訓は素直に受け取りました。僕は四年生のとき、暴力を振るってきたガキ大将の指に噛み付くことが出来ました。殴られても、殴られても、口を離すものかと思いました。気が付けば僕は病院にいて、何日も意識不明だったと聞きました。相手は指を1本失いました。
この体験が、良かったのか悪かったのかは、今でも判断できません。良かったと言うには、あまりにも自分の命を粗末にし過ぎましたし、手足に麻痺が残りました。しかし、悪かったと言うには気分が爽快すぎました。

格闘技を習い、ケンカの心構えを教えられ、僕は父親に感謝していました。手足の麻痺も軽い方で、たまに少し痺れる程度でした。暴力を振るってくる相手の、骨を折れる程度には、体を動かせました。
しかし父親は、そんな僕を心配していたようです。ある日、新しい母親だと紹介された女性は、還暦を迎えた父親よりも30以上も若く、小学校にあがったばかりの娘を連れていました。
新しい家族が出来てから、僕の中で何か、落ち着いた感情が生まれました。

古臭い価値観―――21世紀になった今では猶更―――かもしれませんが、僕は、男性は女性を守るべきだと考えています。四角四面なものではなく、現代に合わせてフレキシブルに変形させるべきものだとは思いますが、基本的な部分では、「男は女を守るもの」という思想を持っています。
自分の筋を通す、父親の生き方は、ひとりの人間としては尊敬に値するものでした。しかし母親の苦労と早すぎた死を思うと、どうしても手放しで父親を称えられません。憎悪さえ籠もった感情で、父親は妻を守れなかった、女性を守らなかった男性なのだと思う気持ちも、確かにあるのです。

僕は女性を守れる男性になりたいと思っていました。僕が戦う理由は、守る戦いなのです。
それまで自分を守る戦いをしてきました。自分に攻撃してくる相手に、二度と攻撃してこないような反撃をする。相手に肉体的または精神的な後遺症を残すような戦い方をしてきました。
新しい家族が出来てからは、今までに加えて義妹を守る戦いをしようと決意しました。彼女が攻撃されるようであれば、遭えて自分から攻撃することも考えました。今までのような単純な戦い方では行き詰ると、子供心に考え、理屈を練るようになっていきました。いわゆる“10歳の壁”を越えたことで、論理的思考力が育ち始めていた頃でした。

あるとき義妹が、学校で上級生の女子に囲まれて質問攻めにされたと聞きました。以前から評判の悪い父親に、年の差での再婚と、ゴシップ好きの野次馬にとっては絶好の話題だったのです。
このとき僕は、生まれて初めて、“本気で怒る”ということを経験しました。それまでにも怒りに身を任せた経験はありましたが、義妹への被害は、今までの最大の怒りよりも大きく、熱いものでした。
義妹を囲んだ女生徒を突き止めた僕は、彼女らを半殺しの目に遭わせました。馬乗りになって、顔面が愉快に変形するまで殴り続け、二度と義妹を汚い目で見れないように、両眼を抉り抜きました。それは加害者全員に対して行おうと思っていたのですが、3人目の途中で大人に邪魔されてしまいました。
「お前の気持ちはわかるがな・・・二葉、やっぱ男が女を殴っちゃいかんよ。それも、あんな酷く・・・。」
「先生、僕は女を殴る趣味はありませんが―――加害者は別です。弱い者いじめは許さない。」
「だがな二葉、物事には限度ってもんがある。やり過ぎだ。今回ばっかりは。」
「すいません先生。だけど僕は、義妹を守る為なら、やり過ぎで丁度いいと思ってます。注意だけで済ませたら、誰を守ることも出来ない。」
「・・・そうだな二葉、そうだな・・・おれたち大人が不甲斐ないから、お前のような子供に矛の役目を担わせてしまってる。ごめんなあ、二葉・・・力になってやれなくて、ごめんなあ・・・。」
「先生・・・。先生・・・これまで、お世話になりました。」
あの無骨な先生の涙を、今でも白髪混じりの頭と共に思い出します。
転校していった先で、僕は先生と文通をするようになっていました。
それは数年後、先生が亡くなるまで続きました。


- - - - - -


どういう運命の巡り合わせなのだろうと思います。
もしも神様なんてものがいるとしたら、それは僕のことが嫌いか、無関心なのだろうと、ひどく感じました。
人間が孤独になるときは、突如として訪れるのです。先生が亡くなったと聞いてから、数日も経たない頃でした。

僕は義妹を守れなかったのです。

薬物中毒者が乱射した銃弾が、僕を庇った義妹を殺しました。
義母も腹を撃たれ、数日後に病院で息を引き取りました。
怒りで立ち向かった僕は、その薬物中毒者を殺したらしいのです。
らしい、というのは記憶が飛んでいるからです。随分と悲惨な殺し方だったらしく、目覚めた僕を待っていたのは、看護婦からの怯えの視線でした。
そして義妹と母親の葬式は、既に終わってしまっていました。
僕が目覚めたときには、全てが終わっていたのです。

それから間もなくして、父親が衰弱し、呆気なく息を引き取りました。
中学生だった僕は、天涯孤独の身となりました。
高校にも行かず、働き始めました。
自分はロボットで、電池が切れたら動かなくなるのだと思いました。

あまり多くを語ることはありません。
悲しさよりも、ひたすら空疎な感覚だけが僕を支配していました。
今が現実などと信じられず、自分は悪夢を見ているのだと、何度も思いました。

7年間を無為に過ごしました。

「こんばんは、二葉くん。やっと見つけたわ。」
車椅子の女性が現れたのは、1981年のことでした。
当時20代後半の彼女は、顔に大きな傷跡があり、右足がありませんでした。
三日月海月(みかづき・みつき)と名乗った彼女は、そのときは初対面のはずでした。
「人違いじゃないですか?」
汗を拭きながら、僕は答えました。
二葉という苗字は、そこまで珍しいわけでもないでしょう。
「ああ、ごめんなさい。説明の順序を間違ったわ。二葉蒼志くん、あなたの助けが欲しいのよ。」
「助け・・・。」
そのとき僕は、男性は女性を守るべきだという信念を思い起こしました。
女性から助けを求められているのなら、話だけでも聞かなくてはいけません。
(率直に言うわ。ワタシと一緒に来て欲しい。)
「!?」
それは音声言語ではなく、頭に直接響いてくる言葉でした。
超能力というものの存在を、否応なく突きつけられたのです。

彼女に案内されて向かった先は、太平洋の島でした。
そこで僕は、信じられないものを目にしたのです。
「聖美!? さとみ、が・・・何故ここに!? 生き・・・て・・・」
「彼女は聖美ではない。死者は蘇らんよ。」
背後から暗く静かな声が聞こえてきましたが、僕には信じられませんでした。
眠っている彼女は、義妹の聖美そっくりに見えたのです。
「彼女は入流聡子。君の義妹とは、腹違いの姉ということになる。」
「聖美の・・・姉・・・!?」
それは、ありえない話ではありませんでした。義母は前の夫と死に別れたのではなく、離婚したので、前の夫が他の女性との間に子供を設けている可能性はあったのです。
「挨拶が遅れたな、私は三日月千里。“電脳計画”の最高責任者であり、アルカディアのNo.4だ。」

この日から僕の止まっていた時間は、再び秒針を刻み始めました。

「“電脳計画”とは、人為的にエスパーを作り出す計画だと思ってもらえればいい。」
三日月海月の姉だという三日月千里は、そう言っていました。それは随分と大雑把な説明だったのですが、いきなり詳しい説明をされても理解できなかったでしょう。何しろエスパーに関してさえ、殆ど無知だったのですから。
しかし僕にとって、計画の概要を理解することは二の次でした。今は眠りについている少女が、僕に助けを求めていた事実が重要で、戦う理由はそれだけで十分でした。
死んだ聖美が、自分の代わりに聡子を守ってあげてと頼んでいるようで、僕は生まれて初めて神に感謝しました。

入流聡子は、10のプログラムを残しました。
最初のプログラムは、電脳世界で永遠に少女のままの姫様―――“サトリン”。
僕は彼女を守る為に2番目のプログラムを受け入れ、“ガーディアン”となりました。
アルカディアの技術で治療を受けて、手足の麻痺も治りました。
僕は、必ず残る8名の戦士を探し出し、“電脳計画”を完遂させると誓いました。
この世界は、途轍もなく残酷です。大事な人を守れるだけの力を、誰もが持っているわけではありません。
身の回りのことだけ考えていては、いつか絶対に対処できない脅威が現れて、こちらの歩んできた人生など知りもせず、野蛮な暴力を振るってくるかもしれないのです。
そうした脅威から、大切な人を守りたい。大切な場所を守りたい。世界を、守りたい。それは姫様の意思と重なっていました。
《二葉くん、もしも私が生身の人間だったら、身の回りの人だけを助けるかもしれない。永遠に生きる神様だったら、ただ世界を見つめているだけかもしれない。だけど私は電脳戦士サトリン、困ってる人の味方だ。世界のどこかで独り泣いている人がいたら、飛んでいって助けたい。》

姫様は、困っている人の味方。
僕は、姫様を守り、世界を守る。
その為なら僕は―――この命、この心、この力、全てを捧げましょう。




   電脳の守護天使   了

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「サトリン」第二部まとめ読み
□□□□□ ...続きを見る
佐久間闇子と奇妙な世界
2016/10/01 01:06

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
「サトリン」 番外編 電脳の守護天使 佐久間闇子と奇妙な世界/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる